最初の300台は、ジュゼッペ メロージの指導のもとに製造された。24 HPはスピードも出る上に、信頼性も高かったので、アルファ ロメオにとって初めてのヒットモデルとなった。24 HPは加速力に優れ、各パーツの精度も高く、スポーツファンの間で人気となった。シングルエンジンブロック、シングルジョイントトランスミッションと、当時としては先進的な特徴を持っていた。24 HPは、1911年の「第6回タルガ フローリオ」でレースデビューを果たしたが、参加した2台とも卓越したスピードとロードホールディング性能を発揮、実にスポーティであった。さらに同年の「メロージレース」のために特別に開発された15 HP Corsaは、最高出力45psを誇った。14年には、15 HP Corsaがモデルチェンジされ15-20 HPに、同時に24 HPの後継モデルとして12 HPが製造された。これは、構造的には前モデルほど複雑ではなかったが、輝く特徴には変わりがなかった。
1913年に登場した40-60 HPは、本格的なスポーツカーであった。6リットルを超える総排気量、ロッドとバランサーによりコントロールされるOHV(オーバーヘッドバルブ)方式、エンジンブロックに設置された2本のカムシャフトが特徴で、燃料消費が大幅に削減され、優れた経済性を誇っていた。スポーツファンもこのモデルには大いに満足した。13年の「パルマ ベルチェート ヒルクライムレース」でデビューを飾った40-60 HPは、同カテゴリーで優勝。さらに20、21年と2年間続けて優勝を果たした。さらに、ムジェッロサーキットでも優勝。最後のレースとなった22年の秋のグランプリでは、ドライバーのカンパリが、ファステストラップ(レース参加全車両中の最速ラップ)とともに141.6km/hの平均速度を記録するが、メカニカルトラブルからリタイアを余儀なくされた。40-60 HPは27台が製造され、うち1台は、リコッティ伯爵の注文により魚雷に似た形をしたカスターニャ設計のボディを搭載、最高速度139km/hを記録した。
まさしく「インターナショナル」―。1914年にメロージが設計した1914 Grand Prixは、最大排気量を4.5リットル、最大重量を1,100kgとする新しい国際フォーミュラカーレースのレギュレーションに合わせて開発された。この車には、ふたつのオーバーヘッドカムシャフトによって直接コントロールされるダブルオーバーヘッドバルブ、いわゆるDOHCエンジンをはじめ、数々の新しい工夫が加えられていた。国際レースに出場することで、世界中の人々の注目を「アルファ ロメオ」ブランドに集めようとするのが狙いだったが、第一次世界大戦の勃発により、スポーツ活動はすべて中止となり、戦争中はもとより、19年まで製造工場は埃をかぶったままだった。21年には、エンジン出力が88psから102psにアップされ、ブレシアでの「ジェントルマングランプリ」に出場。ドライバーのカンパリは11周から24周目まではレースをリードしていたが、フィニッシュ直前にラジエーターの水漏れが原因でリタイアすることとなった。この1914 Grand Prixの製造は、たった1台のみであった。