History

 

1920-1930 | passion 美しき情熱

1920-1930 ― エンジンの英雄時代
3番目のエンブレム/1925〜46年

「第1回世界ドライビング チャンピオンシップ」(1924年)におけるP2の伝説的な勝利を記念して、エンブレムの周りに金属で浮き彫りされた月桂樹の王冠が付け加えられた。エンブレムの直径は65mmから75mmへ拡大されたが、30年には60mmに縮小され、45年までそのサイズで用いられた。 1925〜46年「第1回世界ドライビング チャンピオンシップ」(1924年)におけるP2の伝説的な勝利を記念して、エンブレムの周りに金属で浮き彫りされた月桂樹の王冠が付け加えられた。エンブレムの直径は65mmから75mmへ拡大されたが、30年には60mmに縮小され、45年までそのサイズで用いられた。

6C 1750マニア

アメリカの「アルファ ロメオ オーナーズクラブ」の幹事であるパット ブレードンが、1961年のニュース記事の中で6C 1750についてこう語っている。「アルファ ロメオのエンジン音は音の種類が色々あり、何とも言えない雰囲気を醸し出すのです。もっとも、この車には表現できない独特なフィーリングもあります。車に乗りこんでエンジンをかけると、日常の倦怠感はどこかへ消え去り、すべての物事が再び新鮮に、新しく見えるのです」。ピーター ハルは、著書『アルファ ロメオの歴史』(1970年)の中で、「美人のようにゴージャスで興奮させる車というものは、普通はそれなりに欠点もあるものです。でもこの点で6C 1750は例外である」と述べている。

三銃士

アルファ ロメオチームの名声は、揺らぐことはなかった。後に「三銃士」と呼ばれるアスカーリ、カンパリ、シヴォッチがいたからである。

初代「クアドリフォリオ」

1923年の「タルガ フローリオ」で、シヴォッチの車に地が白で、三角形で囲まれた緑色のクアドリフォリオ(四つ葉のクローバー)のマークが初めて使われた。やがて、このマークは、「アルファ レーシング」のシンボルとなる。

1924年

シャム(現在のタイ)からの来た王子がアルファ ロメオを訪問し、カスターニャ設計のボディを持ったRL Sportを購入する。

ミッレ ミリア

世界最高のレース1927年に始まった「ミッレ ミリア」(1,000マイルレース)は、まったく新しい発想でセンセーションを巻き起こした。ブレシア〜ローマ〜ブレシア間を走る長く過酷なルートは、瞬く間に伝説となった。これは全長約1,600kmにわたる長い「旅」で、イタリアの田舎と都市を走り、最後にはローマに集結する。

ポスター

1920年代の広告で表現されたアルファ ロメオのもっとも美しい姿。

企業の沿革

1920年代、アルファ ロメオは、再度危機に直面した。今回の原因は、過半数の株を所有するイタリアディスコント銀行である。27年の一時期には、会社を清算しようとする考えもあった。しかし、アルファ ロメオの名はイタリアでも外国でもすでに有名になっていたため、会社を解散することはできなかった。ニコラ ロメオが28年に会社を去ろうと決心したのは、軽量でスピードが出て、輝くような6気筒モデル登場と同時期だった。ドライブしたいという願望は、強力な情熱であり、本当の「ステータスシンボル」であった。大量生産が始まり、29年には特別なレース専門部門「スクデーリア フェラーリ」が創設された。

アルファ ロメオ博物館へ(イタリアサイトへ)