History

 

1940-1950 | race 勝利のために

1940-1950 ― 戦争と復興
1946年

終戦直後の1946年には、アルファ ロメオはすでにレースへの参加準備を整えていた。競争心は戦争を忘れさせ、ゼロから始めるという気持ちを奮い立たせた。戦後初めての勝利はウィミーユで、「ブローニュの森レース」で308を運転しての優勝であった。グランプリレースでは158が復活し、新しいレギュレーションに合致した変更が加えられた。4レースに出場した158は、3つのレースで優勝。ファリーナは、ジュネーブの「ネーション グランプリ」で優勝した。戦争中、航空機部門で開発されたテクノロジーが、158をはじめとするレーシングカーの開発に不可欠な品質の改善をもたらしたのである。

1947〜49年

アルファ ロメオは各地のレースで勝利を収める。ビョンデッティは、8C 2900を運転して「ミッレ ミリア」で優勝し、トロッシとヴァルツィは8気筒の158を駆り、ミラノの「イタリア グランプリ」で1、2位を独占した。1948年以降も優勝が続いたが、試練の時でもあった。48年にヴァルツが死亡。翌年、ウィミーユとトロッシが死亡。アルファ ロメオは、この時を転換期とし、49年グランプリレースから撤退する。

1950年

アルファ ロメオは、「進化した」158で華麗にレースに戻ってきた。この車は、まさに弾丸のようだった。グランプリに出場するたびに優勝を果たし、初のF1世界チャンピオンに輝く。ファンジオが最初のレースで優勝。以後もファンジオ、ファリーナ、ファジョーリが乗った158は、出場した11のレースを完全制覇したのである。「イギリス グランプリ」「フランス グランプリ」でも優勝したファリーナは、ドライバーズチャンピオンのタイトルも獲得した。