History

 

1950-1960 | personalities 人物そしてドラマ

1950-1960 ― 「ジュリエッタ」の時代
ジュアン マニュエル ファンジオ(1911〜95年)

「アルゼンチンの狐」

精緻なドライビングスタイルと、類まれな戦術的センスを持ち合わせた冷徹なアルゼンチン人ドライバー。スマートで、技巧的で、運にも恵まれたファンジオは、おそらく時代を超えて最高のドライバーであろう。事実、計6回のシーズン最多優勝、4年連続を含む5度のチャンピオン獲得という栄光の経歴を持つ。初の世界チャンピオンの座は、1951年にオラツィオ サッタが設計した159を駆ってアルファ ロメオに勝利をもたらした時であった。開幕戦の「スイス グランプリ」で優勝したファンジオは、第4戦「フランス グランプリ」でも優勝。続くシルバーストーンの「イギリス グランプリ」ではフェラーリのゴンサレスに敗れるが、折れることなく、最終戦の「スペイン グランプリ」で優勝してチャンピオンを獲得する。アルファ ロメオのレーシングチームを去った後も、ファンジオはアルファ ロメオで「ミッレ ミリア」に参加。フィレンツェまではリードしていたものの、運悪くアペニン山脈の山中で車が故障し、スピードが出せず、最終的には2位でレースを終える。その後は、メルセデスのメンバーとなった。