History

 

1970-1980 | passion 美しき情熱

1970-1980 ― 変革の時代
エンブレム/1972年〜今日まで

Alfasud製造用の新工場がポミリアーノ ダルコに建設されたことを機に、エンブレムから「MILANO」の文字が削除され、「ALFA ROMEO」の文字の下にふたつのミラノのシンボルだけが残った。

アルファ ロメオと警察

法と秩序を守る警察は、アルファ ロメオの忠実な顧客であった。アルファ ロメオの車は、その輝かしいパフォーマンスにより、追跡や封鎖、逮捕といった緊急行動の現場では、理想的な車だったのである。スピードが速く、エレガントなサンルーフ付の1900 Tiや、1960年代の軍隊を思わせるグリーンのボディカラーのGiulia等、イタリアの警察は長年にわたり、さまざまなモデルを使用していた。諸外国、例えばスイスやマレーシアの警察もGiulia 1.6を使っていた。イタリアではGiuliaからGiuliettaに、さらに80年代にはGiuliettaからALFA 75に代わった。

アルファ ロメオのアイデンティティー

自動車メーカー、伝説のブランド、「伝染するウィルス」(1970年の有名な広告キャンペーン)―、「アルファ ロメオ」とは一体何か? 74年まで戦後のアルファ ロメオのデザインを一貫して指揮したオラツィオ サッタは、70年に行われたインタビューでこう述べている。「アルファ ロメオは、単なる自動車メーカーではない。アルファ ロメオの車は、普通に製造される車以上の『何か』なのだ。本質的には輸送手段でしかない車に抱くこの情熱は、一種の病のようである。エンジンで動く車への想いは、それぞれの人生観であり、特別な感情だ。その要素は、論理的な言葉では説明できない。人間の精神が持つ非合理的な部分のものだ。それは感覚や情熱、頭よりも心に関わる『何か』である。もちろん、こういった要素の一部はメカニズムと関連しており、説明はたやすい。レース活動では優秀なことが不可欠だが、そういったところから生まれてきた概念である」

アルファ ロメオ ファッション

アルファ ロメオは流行になる「1970年度ミス アウトスポルト」であったルチアーナ ペゴラーロが、「エンデュアランスレース」で使われた33に乗りポーズをとっている。「宇宙時代」ブランド。76年に撮影された米宇宙飛行士チャールズ コンラッドの写真。脇にあるのはもちろん、「Disco Volante」(空飛ぶ円盤)である。

映画の主役

アルファ ロメオは数々の映画で主役を演じた。1978年のマリオ モニチェッリ監督作『アニタと子猫と……』では、Giuliettaはジャンカルロ ジャニーニとゴールディー ホーンとともに主役を演じた。アルファ ロメオは、他にも無数のアクション映画に出演し、Giuliaを使ったパトカーは、カーチェースや逃走のシーンで頻繁に使われた。70年代前半の顕著な傾向だった。ジョルジョ ボッカはいう。「アルファ ロメオの車はエクサイティングだ。1960年以来、私はいつも赤いアルファに乗ってきた。一番好きなのはAlfetta 2000だ。コーナーでのホイールバランスは完璧だった」

ポスター

1970年代の広告で表現されたアルファ ロメオのもっとも美しい姿。

企業の沿革

1970〜80年代1970年代は、アルファ ロメオにとって浮き沈みの激しい10年間であった。一方で経営上の問題があり、一方でレースでの成功があった。マーケットニーズに十分に応えられなかったため、会社は経済・財政上の状況によって影響を受けたが、エネルギー危機にも直面した。反面、1975年の33 TT 12での「世界コンストラクターズ選手権」での優勝など、レースの結果は華々しかった。72年、ルラーギがアルファ ロメオを退社したが、その後78年エットーレ マサッチェージが加わるまで、新しい構造の改革プログラムが実施されることはなかった。この改革プログラムは、30年代にウーゴ ゴッバードが実施した最初のプログラムと同様、経済やマーケットの新しい状況に合わせて会社を変えることが目標だった。

アルファ ロメオ博物館へ(イタリアサイトへ)