1980〜90年アルファ ロメオは、この時期ルラーギの指導で進められた事業拡大方針を維持できず、また新車生産を目指した日産との合弁事業(ARNA=Alfa Romeo e Nissan Automoveicoli S.p.A.)も期待された成果には結びつかなかった。1986年、フィンメッカニカがアルファ ロメオをフィアットグループに売却、フィアットグループはさらにアルファ ロメオをランチアに任せ、新しいグループユニット「アルファ ランチア インダストリアーレ」を設立、87年より稼動した。同年、アルファ ロメオのチェントロ スティーレは、アレーゼにある工業団地へ移転。オフィスのある建物は、「創造的な仕事のプロセスと事業部門の両立、および合理的な配置」をコンセプトに著名な建築家アダルベルト ダル ラーゴの協力のもとに設計された。「再生」は、時間の問題だった。新しいアルファ ロメオのラインアップが開発され、会社は製品とエンブレムから人々が連想する独自の技術を維持しようと努めた。一方、80年代のF1の世界は、ターボエンジンの出現による革命と、航空テクノロジーを導入したシャシーの設計、製造から始まった。
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