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2015.07.17

アルファ ロメオとカーデザイナー

アルファ ロメオは、レースでの活躍と同じくらい“デザイン”が際立ったクルマだ。その歴史を振り返ると、実にさまざまなデザイナーと手を組んでいる。ピニンファリーナ、ジョルジエット・ジウジアーロ、フランコ・スカリオーネ、マルチェロ・ガンディーニ……巨匠の名が次々と浮かび上がってくる。

150716_Alfa_01ジュリエッタ スパイダー(1955-1962)。ベルトーネとピニンファリーナのコンペの結果、ピニンファリーナ案が採用された。

ミラノの城壁の近くにある人気のピッツェリアに行ってみようと思い立ってでかけてみたら、週末ということもあって長蛇の列だった。予約を取らない店だから、美味しいピッツァにありつくためにはひたすら並ぶしかない。そのうちに誰かがプロセッコ(ワイン)を振る舞い出して、その場にいる誰もが”美味しいピッツァを食べる共犯者”のような気持ちになっていた。

ほろよい気分で隣に並んだ男性に微笑むと、すかさず「一人なの?」と聞かれた。イタリア人お得意のナンパか!? と警戒したものの、実は常連客で、この店によく一緒に来ている共同経営者が風邪をひいて、今日はたまたま一人で来たらしい。「この混雑だと、1人の客は後回しになるから、僕ら一緒のテーブルにしてもらわないかい?」と聞かれて、思わず、頷いた。思い返すと、巧妙なナンパだったのかもしれないけれど、彼の誘いにのったことは後悔していない。というのも、イタリア人のデザインに関する考え方、とりわけアルファ ロメオに対するミラノっ子の考えを知ることができたからだ。

ファブリツィオという名は、彼の父の出身地であるナポリに多いらしい。でも彼は、ミラノ生まれのミラネーゼで、父からアルファ ロメオの魅力を叩きこまれて大人になった。だから、「大人になる頃には、アルファ ロメオ以外はクルマじゃないと思うようになったんだ」という。彼の父は当然のように、ジュリエッタ、ジュリア、そして私の愛車の姉妹車であるジュリア クーペこと、1750GTVにも乗っていた。

150716_Alfa_02ジュリエッタ スプリント(1954-1956)。大きなカーブを描くリアハッチが特徴的なデザインは、ベルトーネに属するフランコ・スカリオーネによる作。ボディの製造もベルトーネが担当した。

「サファリ イエローって変わった色だったんだけど、父は『ベルトーネがデザインした名車にはこの色が似合う』といってとても気に入ってたんだ」と、ファブリツィオは熱弁をふるう。ベルトーネとは、1912年に設立されたカロッツェリア(英語ではコーチビルダー)であり、アルファ ロメオとの関わりが深い。戦後まもなくジュリエッタが登場したとき、2ドアクーペのジュリエッタ スプリントはフランコ・スカリオーネが率いるベルトーネのスタイリングをまとっていた。続くジュリアシリーズでも、クーペはベルトーネ時代のジウジアーロが担当していた。アルファ ロメオ105年の歴史のなかでも、名車と名高いモントリオールや1700GTVベルリーナを手がけたのは、1960年代中盤にベルトーネに属していたマルチェロ・ガンディーニだった。新しいところでは、GTもベルトーネの手になるデザインである。

150716_Alfa_031967年のカナダ・モントリオール万博に出展されたモントリオール(1970-1977年)。デザインは当時ベルトーネに在籍していたマルチェロ・ガンディーニが手掛けた。

実は、ベルトーネに限らず、アルファ ロメオは、デザインの才能を見出すのがうまい。戦後まもなく登場したジュリエッタでは、先述の通り、クーペはベルトーネ、スパイダーはピニンファリーナ、そしてセダンは社内デザインのチェントロ スティーレと、それぞれの特徴を活かして、デザインの腕を競わせた。その後に続くジュリアでも、アルフェッタでも、ベルトーネ、ピニンファリーナ、チェントロ スティーレといった”自動車デザインの共演”が続いた。

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アルファ ロメオ チェントロ スティーレの手になるアルフェッタ。

さらに時代を遡ると、まだ自動車が限られた人のためのものだった時代、自動車メーカーはシャシーを生産して、ボディはカロッツェリアが担当していた。当時は、イタリアのカロッツェリアが百花繚乱の時代で、戦前のアルファ ロメオには数多くのボディバリエーションが存在した。例えば、ヴィットリオ・ヤーノの傑作とされる「1750グラン スポルト」は、タツィオ・ヌヴォラーリのドライブでミッレ・ミリアに勝利するなど、名機の誉れも高い。一方で、ヴィラ・デステやペブルビーチといった有名なコンクール・デレガンスでも優勝の常連だ。下世話な話をするようだが、2015年のレトロ・モービルにあわせて開催されたボナムスのオークションでは、約1億6000万円もの高値が付けられた。積み重ねてきた歴史を単純に金額ではかることはできないが、こうした落札価格の高さも、世間の評価のひとつではある。

アルファ ロメオの歴史を振り返ると、レースシーンで優れた才能を世に送り出してきたのと同じように、デザインの世界でも有数の才能を育んできたブランドだということがわかる。ともすれば、相反してしまうほど個性豊かな才能を、ひとつのブランドの傘の下で使いこなせる自動車メーカーは、私の知る限り、アルファ ロメオをおいてほかにない。