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2012.08.27

モダンな黒い機体で上質な空の旅を 〜スターフライヤー×松井龍哉〜

世界初!? 唯一無二の黒い機体

世界初の黒い機体──北九州空港に拠点を置く航空会社スターフライヤーが就航した2006年、唯一無二のそのデザイン性に日本中が驚嘆した。機体だけではない。シートは黒の革張り、個々に取り付けられたモニターも黒。CAの制服、コーヒーの紙コップ、チケット、空港カウンター、すべてが黒で統一されている。そして機内で供されるサービスは、黒が持つ高級感に見合うだけの上質さを持つ。当初は羽田と北九州だけを結んでいたが、翌年には羽田−大阪、2011年には羽田−福岡の運航を開始し、今年7月には北九州−釜山線も就航。顧客満足度の高い航空会社として順調な歩みを進めている。

この理想的な飛行機を創りだしたのは、ロボットデザイナーの松井龍哉氏。「I AM GIULIETTA. THE DRIVE ART」でのコラボレーションなど、Alfa Romeoとの関係性も深い人物だけに、その世界観は非常に気になるところだ。「デザインもサービスも、どこにもない航空会社をめざした」というスターフライヤーの魅力について、彼自身の声を聞いた。

松井龍哉。フラワーロボティクス株式会社 代表。21世紀の生活構造に重要な影響を与える「ロボット」を軸に多分野で活躍を続ける、注目のロボットデザイナー。〔撮影/SHIge KIDOUE〕

松井龍哉氏が語る、黒い機体誕生までの秘話

スターフライヤーに携わるきっかけは、北九州市が実施していた「北九州デザイン塾」だった。講師のひとりとして松井氏を選んだのは北九州デザイン塾のディレクターを務めていた東京芸術大学准教授の桂英史氏。この時の縁で、北九州市からスターフライヤー社のデザインを相談されていた桂氏から「新たな航空会社をつくるのでデザインをやってみる?」と持ちかけられたという。「その電話でのやり取りは、昨日のことのように耳に残っています」と松井氏は振り返る。航空会社としての許認可を取る前の、まさに立ち上げ段階からの参画。「それから先の3年間はスターフライヤーにかかりっきり。ずっと大変でしたよ」と笑うが、それもそのはず。彼は、内外装はもちろんのこと、スターフライヤーをいかに認知してもらうかという広告戦略や、機内で供されるサービスの内容、たとえば、単に紙コップのデザインだけでなくどんな飲み物を出すかまで、文字通りトータルに構築したのだ。

スターフライヤーが掲げる大きなテーマはホスピタリティ。それをふまえたうえで松井氏はまず、MODERN、LUXURY、DESIGNCONSCIOUSという3方向でプレゼンを行った。「モダンは黒×白、ラグジュアリーはシャンパンゴールド×オレンジ、デザインコンシャスは幾何学模様と、それぞれ個性的でした」。度重なる協議の末、スターフライヤーが選んだコンセプトは「21世紀のモダン
。黒と白だけを使い、モダニズムの考えにそって理念をストレートに見せていくというものだ。

「どこにもない航空会社をつくるという意味でも、黒×白は非常にインパクトがあると考えていました。太陽光を吸収する黒は精密機械の塊である航空機には適さないと反対の声もありましたが、それを押し切って採用した当時の堀社長の判断が、現在のスターフライヤーを作ったと思います」と振り返る松井氏。無論、黒を用いるために安全検証を重ね、実際には何ら問題のないことを実証したうえで、このスタイリッシュなデザインが完成したという。「テクノロジーを全面に押し出すのではなく、技術はむしろサイレンスに。飛行機に乗る人が最も快適に過ごせる、乗っただけでテンションが高くなるような方向性を模索しました」

現在「ロボットデザイナー」という肩書きを持つ松井氏だが、出発点は建築である。丹下健三の事務所でキャリアをスタートさせ、都市計画などにも携わった。「デザインは建築から発生しているし、両者には深い関係性があります。ケヴィン・リンチが書いた『都市のイメージ』という本の中に、目に見えるデザイン以外に、記憶の断片をたどっていくことで頭の中でデザインが構成されていくという考え方(イメージ・アビリティ)があるのですが、スターフライヤーを創り上げるときはそういう点も意識しました

つまり、チケットを買い、ゲートを通過し、飛行機に乗るという「点」をたどっていくことでスターフライヤーの企業イメージができていく。機体だけでなく、チケットもインテリアも、すべてのデザインに統一感を持たせたのにはそういう狙いがある。「色による識別が最も効率的なんです。一度スターフライヤーに乗ると、黒と白の世界が頭の中に構築されていく。Appleの戦略もそうですよね。どんな製品を使ってもAppleらしい。そういうスタイルを作ったのです」

黒光りする美しい機体。「黒がきれいに出ることがこのデザインの要。ポイント使いの黒ではなく全面ですから、手塗りで仕上げてあります。職人を束ねて仕事をするので、完成のイメージをいかに伝えるかに苦心しました。とにかく黒が命だから、うまくいかなければ僕もデザイナーを廃業するしかない、と伝えて、向こうも本気を見せてくれましたね」

「機体のデザインは東京で行い、外装はエアバス本社のあるフランスで、インテリアはドイツ、モニターは日本のパナソニック製です。建築の発注と同じで、いちばん適正なところに頼みました」

「第一号の見本機体をチェックするときは、足場を組んで、40分以上かけてそれこそ上から下まですみずみ調べました。現場となった格納機からスターフライヤーが初めて外に出ると、目前に、もう動かないコンコルドが停まっていました。このコンコルドと、真っ黒く塗り上げられたスターフライヤーが、一瞬並んだんです。僕は昔からコンコルドが好きなので、個人的にはこの瞬間が非常に感慨深かったですね」

運賃の価格帯も考慮に入れた。既存の大手航空会社に比べると安く、いわゆる格安航空会社よりは高い。「チケットを買うタイミングにもよりますが、マックスで2万円程度。それと同等価格帯のサービス業を参考にしました。たとえばホテルならそこそこいいところに泊まれるし、フレンチでも割といいディナーが楽しめる価格ですよね。なぜ飛行機だけが2万円も出して狭い空間をガマンしなければいけないのか、そこを何とか是正したいと思いました。でも、4〜5万円もしそうな華美な派手さもダメなんです」という絶妙な落としどころを具現化して見せた。

全席にタッチパネル式液晶モニターを完備。ビジネスユースが多いことを考慮して、AC電源とUSBポートも設置してある。

黒の本革を使ったオリジナルのシートはそれだけでもラグジュアリーで見栄えがいいが、座席間隔も広い。ベースとなるエアバス社のA320型機は通常177席あるが、それを144席に抑えて15cm程度余裕を持たせ、可動式のフットレストとヘッドレストも付いている。乗客率の増減が如実に経営を左右する航空業界において、座席数を減らすことは難しい決断だったに違いない。「便数を増やすこと、顧客満足度を第一に考えてスターフライヤーを愛してもらうことで、席数を減らしても何とかなると考えました」と松井氏が語るように、この15cmの余裕は私たち乗客の乗り心地を大きく好転させてくれている。

そして、機内で提供されるのはタリーズのコーヒーとチョコレート。これも、松井氏が実現させたサービスだ。「2時間ちょっとですが、そこにおいしいコーヒーとチョコレートがあれば気分も変わるはず。淹れたてにこだわるタリーズですから、最初は断られました。でも、当時のタリーズ社長にお会いしてスターフライヤーの趣旨を説明し、そして「人のできないことをやるのがタリーズでしょう」と逆にたきつけて(笑)」。こうして、タリーズ側は機内で飲むためのコーヒーという視点で豆から研究し、松井龍哉はダブルネームのカップをデザインした。すばらしいデザインを施された、おいしいコーヒーとチョコレート。たしかにそれがあるのとないのとでは、空の旅はひと味もふた味も変わってくる。

搭乗手続きを終えて飛行機を降りるまで、乗客はスターフライヤーの世界に浸りきり、そのひとつひとつからホスピタリティを感じ取る。真に考え抜かれたデザインというのは決して見せかけを繕うことではなく、それを見る人、使う人を、心底心地よくさせてくれるパワーがあるのだと実感させられる。


垂直尾翼は左側が黒で右側が白。「航空機は安全性が第一なので、デザインの規制が非常に多いです。尾翼の色が左右で違うのは数少ない”遊び”のポイント。白と黒で、朝から夜までというコンセプトを表現しています」

飛行機の機体から、チケット、CAの制服、コーヒーカップ、オリジナルグッズのデザインまで手がける松井氏。それだけでも、彼の仕事の万能さに驚かされるが、ダンヒル銀座本店店舗の設計やレオナルド・ダ・ヴィンチ国立科学博物館(イタリア)のインテリアデザイン(案)、電卓のデザイン、ウイスキーのパッケージなど、じつに幅広い。が、彼自身は「本業はあくまでもロボットデザインで、ロボット会社の社長」と言う。「みんなが買えてみんなが楽しくなるロボット。これからどんどん開発していきますよ。楽しみにしていてください」。生活の中にとけ込んでいく松井龍哉のロボット。それはきっと、かの黒い機体のように美しく、暮らしを豊かに楽しく彩ってくれるに違いない。

*STARFLYER
*予約・搭乗から機内でのサービスやシートの特徴が体験できる「TRY WEB
*松井龍哉個展「花 鳥 間」 2012年9月15日〜10月21日 ポーラ ミュージアム アネックスにて開催(入場無料・会期中無休)

取材・文 山根かおり

企画も手がける編集ライター。利き酒師。クッキングインストラクター。おいしいもの、こだわりの人、すてきな場所、丁寧な手仕事を目にすると、「もっと多くの人に伝えたい」と思わずにはいられない。旅と食が好き。旅先で地元の人が利用する市場やスーパーで調味料や食材を買い込み、帰国してからその味を再現するのが目下の楽しみ。Mondo Alfaでは、カメラマンの夫と共に真にすばらしいモノやコトを探して伝えている。

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