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2015.06.25

由緒ある自動車ラリーとコンクールに見るアルファ ロメオの歴史と栄光 

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■100年前のクルマが目の前を走り抜ける

初夏から夏にかけて、ヨーロッパでは自動車好きにはたまらないイベントが目白押しだ。そのなかでもあえて、北イタリアでほぼ時を同じくして開催される2つのイベントを紹介したい。「ミッレミリア」と「コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ」である。アルファ ロメオのお膝元で開催されるというのはもちろんだが、クルマ好きなら一度は自らの目で見てみたいと憧れるイベントであり、実際に参加してみても、決して期待を裏切らないからだ。

150623_Alfa_02ミッレミリアを沿道で楽しむ人々。

5月中旬、中世の古都であるブレシアに400台を越える貴重なクラシックカーが集まる。1927〜1957年にかけて開催された伝説的なレース、”ミッレミリア”を復刻したヒストリックカー ラリーで、当時のレースに出場したモデルまたはその同型のみが参加できる。エントリーする車両はどれも伝説をまとっており、下世話な言い方をすれば、オークションに出せばそれなりの値がつくものばかりだ。

150623_Alfa_031953年型アルファ ロメオ 1900C スプリント ピニンファリーナ クーペ

ローマへ向かって南下し、フィレンツェを抜けて、再びブレシアまで至る約1000マイルの道程を走るレースはあまりにも過酷だったため、1957年を最後にイタリア政府によって中止された。その伝統を現代に蘇らせた復刻版ミッレミリアもまた、往時と同じく、自動車への情熱を垣間見られるイベントである。ラリー形式で争うとはいっても、相応にかっ飛ばさないと規定タイム内にゴールできない。

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当然、ミッレミリアでは、アルファ ロメオの名車の数々を目のあたりにできる。メロージ氏の設計で1921年にデビューし、当時としては異例のヒット作となった「RL」の最後期のモデルである1925年型「RL Super Sport Torpedo」など、博物館以外で見たことがない。ヴィットリオ・ヤーノの手になる「6C 1500」に取って代わられるまでの間、2500台以上が生産された名作だ。この年、初期のレーシング・アルファ ロメオの代名詞である「P2」がモンツァで開催されたイタリアGPに勝利したことで、アルファ ロメオの紋章の周囲に月桂冠が採用されたのは、意外に知られていない事実だ。

150623_Alfa_051925年型RL Super Sport Torpedo

もちろん、1928年のミッレミリアで優勝した「6C 1500 MM」も出場している。SOHCという当時としては最先端の技術を搭載したスーパーチャージド1.5リッター6気筒ユニットを軽量なボディに積んでおり、その素性の良さはレースの世界だけではなく、市販車の世界でも高い評価を得ている。さらに、1938年までアルファ ロメオとパートナーシップを結んでレースシーンを戦ったスクーデリア・フェラーリがミッレミリアで勝利を手中に収めた「6C 1750 GT」、アルファ ロメオの戦前の黄金期をさらに永らえたヤーノの秀作で、早くもDOHC V8ユニットを積んでいた「8C 2300」など、重要なモデルを数え上げるだけでも紙幅が尽きてしまいそうだ。

150623_Alfa_06a1928年型 アルファ ロメオ 6C 1500 MM

150623_Alfa_06b1932年型アルファ ロメオ 6C 1750 GT

戦争中はミラノ近郊のポルテッロにあったアルファ ロメオの工場も生産停止を余儀なくされた。が、戦後まもなく、1947年には「6C 2500 “Freccia Oro”」から生産を再開する。戦前には自動車メーカーはシャシーを作り、コーチワークがボディを仕立てるのが一般的だったが、この頃から自社製のボディを搭載するようになる。この年は、ミッレミリアとイタリアGPの両方で勝利を収めている。

150623_Alfa_071949年型 アルファ ロメオ 6C 2500 SS

よく見てみると、イタリア軍御用達のアルファ ロメオ製オフローダーとして知る人ぞ知る「AR 51 MATTA」なども参加している。戦後のアルファ ロメオを代表するモデルのひとつである「1900C スーパー スプリント」のトゥーリング・ボディも隊列の中に見つけた。

150623_Alfa_081952年型AR 51 “Matta” 1900 M

150623_Alfa_091955年型1900C スーパー スプリント トゥーリング

■エレガンスを競うコンクール

ミッレミリアが”武闘派”のイベントであるのに対して、ヴィラ・デステは自動車のエレガンスを競う”美車コンクール”といった雰囲気だ。ローマ時代から貴族の保養地として知られるコモ湖の周辺のなかでも特に、ヴィラ・デステの存在は特別だ。エステ家の別荘と英国皇太子のために16世紀に建築された別棟からなる瀟洒な邸宅であり、このエリア随一の有名ホテルとして運営されている。

150623_Alfa_10コモ湖を渡るボートの上からヴィラ・デステを眺める。このエリア随一の高級ホテルとしての評価も高く、イベント以外の時期もゲストで賑わう。

その中庭に、約50台という限られた数のクラシックカーが集められて、目の肥えた審査員と招待客による審査が行われる。1929年にこの催しがスタートした頃は、まだ自動車が限られた人だけのものだった時代である。すでにこの地域はヨーロッパ中の富裕層が集まる高級リゾート地として知られており、美しいパートナーを伴って、この日のために特別に設えた、とっておきの一台で乗り付けて、お互いの自動車のエレガンスを吟味しあった。

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1949年、戦後に復活した初めてのヴィラ・デステでコッパ・ドーロ(イタリア語で「金の杯」の意)を受賞したのが「6C 2500 SS」である。また、近年になって、クラシックカーの祭典として復活した後も、アルファ ロメオの受賞回数は多い。毎年、300台以上の応募があるが、その中から来歴と状態の双方が吟味されて、わずか50台のみが招かれるのだが、ヴィラ・デステの中庭にアルファ ロメオが並ばない年はない。

去年も、今年も、厳しい目を持つ審査員たちを総立ちさせたのは、アルファ ロメオだ。審査員の顔ぶれにしても、そんじょそこらのメンツではない。パトリック・ルケモン氏やイアン・キャメロン氏といった自動車デザイン界の重鎮に加えて、マセラティの危機を救って戦後の黄金期に導いたアドルフォ・オルシ氏の孫であるアドルフォ・オルシ・ジュニア氏など、錚々たるメンバーである。

150623_Alfa_12惜しくも賞は逃したものの、1954年型「1900C SS」もアルファ ロメオの歴史において重要なモデル。

2014年には、ラテ・ビアンコとオリオ・ブルーのボディカラーが麗しい1931年型アルファ ロメオ「6C 1750 GS」がコッパ・ドーロを得た。元々はザガート製ボディをまとっていたレースに参戦していた記録があるが、その後、カロッツェリア・アプリーレの手に渡ってエレガントな空力ボディが与えられた。コレクターとして知られる現オーナーは、ミラノ工科大の協力を得て、たった一枚の写真からオリジナルのボディカラーを再現した。16歳までの若者によって投票される賞も同時に獲得するという嬉しい”オマケ”も付いた。

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150623_Alfa_13b2014年に “コッパ・ドーロ”を受賞した1931年型「アルファ ロメオ 6C 1750 GS」

今年のヴィラ・デステの主役もまた、アルファ ロメオであった。名機として知られる1932年型アルファ ロメオ8C 2300が、2015年の審査員によって選ばれるベスト・イン・ショーに選ばれた。188台しか作られなかったレーシングカーであり、なかでもこのモデルはアルファ ロメオのドライバーとして、F1での勝利に導いたニノ・ファリーナが最初のオーナーであり、モンツァやルマンといった名レースで勝利を手中に収めている。ザガートの手になるコーチワークは疾走感にあふれるデザインで、イタリアン・ロッソのボディカラーも似合っている。

150623_Alfa_142015年のベスト・イン・ショーを獲得した1932年型「アルファ ロメオ 8C 2300 スパイダー ザガート」

100年以上に渡るアルファ ロメオの歴史は、簡単には語りきれない。それでも、レースでの戦績とたたずまいのエレガンスといった両面において秀でたブランドであることは、今回のふたつのイベントからも十分に感じ取れた。


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