Creativity 2018.02.15

イタリア生まれの日本育ち。一生つきあえるアルフレックスのファニチャー

ライフスタイル提案の先駆けとして、数多くの名作家具を生み出してきた、日本モダンファニチャーのトップブランド“アルフレックス”が語る、普遍的なものとは?

今やイタリアを範としたようなライフスタイルを過ごすのは、そう難しいことではない。現地へ飛んで肌で感じてくることも比較的容易いし、そうでなくともインターネットを通じて簡単に欲しい情報にたどり着けるからだ。

だが、情報らしい情報を手に入れる術が乏しかった1969年にイタリアの心豊かなライフスタイルを日本にもたらそうと試み、現在に至るまで愛用者達から強い支持を得続けているブランドがあることを御存知だろうか?

日本のモダンファニチャーのトップブランドのひとつ、『アルフレックス(arflex)』である。

外観 イタリア生まれの日本育ち。一生つきあえるアルフレックスのファニチャー
東京・恵比寿にある『アルフレックス』ショールーム

先進的であれ、“人ありき”であれ

『アルフレックス』の製品は“イタリア生まれの日本育ち”と表されることが多い。それはブランドのルーツがイタリアのミラノにあるからであり、その本来の持ち味や哲学を重んじながら日本で大きく発展したブランドであるからに他ならない。『arflex(アルフレックス)』という家具メーカーがイタリアに誕生したのは1951年のこと。arflexの“ar”は“家具”を意味するイタリア語のarredamenti、“flex”は“柔軟性”を表す英語のflexibility。つまり社名には“柔軟性のある家具”という意味が込められている。

20180205_qetic-arflex-0090 イタリア生まれの日本育ち。一生つきあえるアルフレックスのファニチャー

その頃までの家具は木材・藁・パンヤといった自然素材を用いて熟練した工芸家たちが手作業で作る、時間もコストも要する柔軟性という言葉からは遠いものだった。そんな中で『アルフレックス』は、それまでの常識を覆す素材と製法で家具を作り始める。タイヤメーカーである『ピレリ(PIRELLI)』の技術者数人と建築家でありデザイナーでもあるマルコ・ザヌーゾ(MARCO ZANUSO)が開発を進めてきた、形状の自由度が高く大量生産も可能な成形ゴムやエラスティック・ゴムベルトを用いた椅子を完成させたのだ。その作品は第9回ミラノ・トリエンナーレという美術工芸の国際的な展覧会で金賞を受賞し、それがブランドとしての出発点となった。そこからも察せられるように、アイデア・素材・構造などに先進性を持ったファニチャーブランドでありながら、あくまでも使う人ありきの家具としてイタリア人達に支持された。

1951_Marco_Zanuso イタリア生まれの日本育ち。一生つきあえるアルフレックスのファニチャー
建築家・デザイナー / マルコ・ザヌーゾ(MARCO ZANUSO)

ライフスタイルそのものを、イタリアから日本へ

一方、『アルフレックス ジャパン』は、現顧問である保科 正(ほしな・ただし)氏によって1969年に創業された。それより数年前、アパレルブランド勤めで撮影のために欧米に渡航することの多かった保科氏が、イタリアの豊かな精神性のようなものに触れ、心打たれたことがスタート地点だったといっていいだろう。

1967-68_保科卓幼少期_ミラノ01 イタリア生まれの日本育ち。一生つきあえるアルフレックスのファニチャー
保科正氏と幼少期の保科卓氏、ミラノ『アルフレックス』ショールーム前にて

イタリアの多くの家庭では、テーブルには綺麗にテーブルクロスがかかり、戸棚には代々使ってきたカトラリーが整然と並び、ソファが応接間ではなく居間にあって、家にいる時間はそのソファで家族が温かく過ごす──。家族の結びつきというものを何よりも大切にし、家具が家族の結びつきをさらに強くするために機能する。家具に関する文化が日本とは根本的に違っていた。

アパレルブランドを辞めてイタリアに渡った保科正氏は、暮らしの中にあるそうした心の豊かさのようなものを家具を通じて日本に伝えられるのでは? と考え、イタリアの『アルフレックス』に入社して、家具作りのノウハウを学んだ。そして日本に帰国することになったときに、当時の『アルフレックス』のオーナーから“このブランドを日本に持って行ってみないか?”と声をかけられたのだという。

1967_イタリア_保科正001 イタリア生まれの日本育ち。一生つきあえるアルフレックスのファニチャー
『アルフレックス』工場前にて

保科正氏は帰国して早々に『アルフレックス ジャパン』を設立。日本での『アルフレックス』製品の販売と日本オリジナルデザインの製造権を得て、当初はイタリアの製品の輸入販売とライセンス生産からスタート。ほぼ時を同じくして日本の住環境にマッチする大きさや形状を持つ日本オリジナルの製品も開発し、発展させていく。さらにはソファを応接間ではなく居間、つまり家族のためのリビングルームに置き、気持ちよく合理的で家族の幸福につながるモダンなライフスタイルを提唱した。『アルフレックス ジャパン』の存在が住環境にまつわる日本人のライフスタイルの変化を促したことは、その道の専門家達の間ではよく知られるところだ。

1971_青山ショップ イタリア生まれの日本育ち。一生つきあえるアルフレックスのファニチャー
青山ショップ(1971年)

現在の『アルフレックス ジャパン』の製品は、ほぼ全てがオリジナル。デザイン、製品化に向けた開発、自社工場での生産、そして顧客に届けるところまでを自ら行っている。本国の『アルフレックス』に何度か経営体制に変化があり、家具作りの方針や作り方そのものも大きく異なっているため、日伊間で全く同じ製品というものはない。むしろ初期の頃の『アルフレックス』の哲学を踏襲しているため『アルフレックス ジャパン』の方が本来の『アルフレックス』らしさを強く残している感がある。またイタリアのライフスタイルを日本に広めたことが評価され、保科正氏が2010年にイタリアの功労勲章“カヴァリエーレ”を贈られたことからも、イタリア人達が『アルフレックス ジャパン』を高く評価していることが察せられる。

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2010年 イタリア功労勲章“カヴァリエーレ”を受章した保科正氏

シンプルなものは目に優しいし、感覚に優しい

『アルフレックス ジャパン』の現在の代表取締役社長、保科卓(ほしな・たく)氏にお話をうかがった。
「家族の一員のように長く使われる家具作り。時代を超えていつまでも愛される家具作り。シンプルで飽きがこなくて、時を経ても時代遅れにならないものを作る。そういう『アルフレックス』が元々持っていたDNAは、間違いなく『アルフレックス ジャパン』の中に脈々と流れていますね」

20180205_qetic-arflex-0013-1 イタリア生まれの日本育ち。一生つきあえるアルフレックスのファニチャー
『アルフレックス』代表取締役社長・保科卓氏

ルーツはイタリア、そして日本独自の発展。アドバンテージはどんなところにあるのだろう?

「最も重要なのは、日本の生活にマッチしたサイズやデザインの製品をお届けできることでしょうね。例えばソファに関しては全てカバーを取り外せるように作っていますので、汚れたり、季節によって交換することもできるんです。昔の製品も全て型紙や設計図が保管してありますので、自社工場でメンテナンスをしてお戻しすることができます。時間が経って商品として廃番になっても、修理できないということはない。半永久的にお使いいただくことができますね」

製品は全てオリジナルということだが、いずれもがイタリアのモダンファニチャーらしい印象を感じさせる。デザインはどなたが担当しているのだろう?

「イタリア人をはじめ国内外のデザイナー陣に依頼しています。ただし、個々のデザインへの要求事項はかなり多い。形については何となくのイメージは伝えますが、それ以外はものすごく細かいんですよ。サイズ、座り心地、予定している価格帯、どういう場面でお客様に使って欲しくて、ターゲットはこうで……と、そんなふうにものすごく詳しく要望を伝え、それを作ってもらえるかどうか、というところからスタートするんです」

2015_GRAN イタリア生まれの日本育ち。一生つきあえるアルフレックスのファニチャー

その辺りが『アルフレックス ジャパン』としてのデザインに対する考え方なのだろうか?

「“柔軟性のある家具”を満たすにはシンプルで飽きが来ないものであるべき、という考え方がベーシックな部分としてありますね。だからあまり込み入ったデザインはしないし、そもそもデザインのためのデザインのようなことはしません。シンプルなものは目に優しいし、感覚に優しい。だから長くお使いいただけるんです。家具はあくまでも道具。どういう場面でどう使われるかということが、ほぼ全てだと思うんです。先ほども申し上げたようにカバーをお客様に交換していただけるように作っているので、普段は目に見えない裏側の部分のつくりも使いやすさにこだわっています。家具は人の人生に寄り添う道具だから、一緒に過ごす時間もかなり長い。デザインも使い心地のよさの一部であるべきだと思うんです。今もお客様に長くお使いいただいて、メンテナンスのために戻ってくる家具というのが非常に多いんです。“娘さんがお嫁に行くときに持って行きたいというのでメンテナンスをして持たせたい”とか、“長年使って買い替えも考えたけれどやはり修理して使い続けたい”とかそういうお話が聞けると、この仕事をやっていてよかったと心から思えますね。家具屋冥利に尽きます。私達はライフスタイルを提供していく企業でありたいし、私達の家具と一緒に過ごしていただくことで豊かな時間や素晴らしい人生を少しでも楽しんでいただきたい。そんなふうに貢献できるようなものを、今後も作っていきたいですね」

20180205_qetic-arflex-0070 イタリア生まれの日本育ち。一生つきあえるアルフレックスのファニチャー

存在として普遍性こそがイタリア“らしさ”

最後に保科社長から、『アルフレックス ジャパン』の代表的な製品をふたつ、御紹介いただいた。

■A・SOFA(ソファ)

「1986年に誕生して、そのまま人気ベスト3にずっと入り続けています。デザインがかなりシンプルで、いつの時代も同じような印象を見せるからでしょうね。実はカバーの生地には流行があって、それが製品を古く感じさせてしまう最も大きな要因なんです。私達のソファは、それを替えられます。つまり飽きずに長く使えるし、最新の製品へと生まれ変わらせることもできるんです」

A・SOFA_発売当時 イタリア生まれの日本育ち。一生つきあえるアルフレックスのファニチャー
発売当時のA・SOFA

A・SOFA_現在 イタリア生まれの日本育ち。一生つきあえるアルフレックスのファニチャー
現在のA・SOFA

■BRERA(ブレラ)

「そして最近の製品だと、デザイナーの暮らしている街の名前から名づけられたブレラです。先に御紹介したA・SOFAと較べると、だいぶモダンな感じでしょう。脚部にステンレスを使っていたり、革を多く使っていたり、様々な素材の組み合わせをお楽しみいただけます。壁から離して配置し、シートバックのないモジュールの背面にコンソールテーブルやスツールを加えるとソファの内側だけでなく外側にもリビングが広がるので、それぞれやってることはバラバラなんだけど一緒にいたいというような、多様化している現在のライフスタイルにマッチした製品だと思います。しっかりと体を支えるシートの構造により座り心地も贅沢ですね」

2013_BRERA イタリア生まれの日本育ち。一生つきあえるアルフレックスのファニチャー

ブレラというアルファ ロメオファンには耳に心地いい名前を持つ製品は比較的新しいとのことだが、『アルフレックス ジャパン』の製品は、概してひとつひとつが基本的にはロングセラーだ。デザインが普遍的。機能が普遍的。つまり存在として普遍的、だからライフスパンが長いのだろう。そしてその普遍性の中にある何かを愛してしまったら、一生だって付き合える。『アルフレックス ジャパン』の製品は、そういう家具なのだ。その辺り、アルファ ロメオが生み出すクルマ達とわれわれファンの関係に、何だかとても似ているような気がしてならない。

arflex_002 イタリア生まれの日本育ち。一生つきあえるアルフレックスのファニチャー
東京・恵比寿にある『アルフレックス』ショールーム内観

INFORMATION
Rアルフレックス東京

住所 東京都渋谷区広尾1-1-40 恵比寿プライムスクェア1F
TEL 03-3486-8899
営業時間 11:00~19:00
定休日 水曜
URL http://www.arflex.co.jp/

Text:嶋田智之
Photos:大石隼土

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