Vision 2018.03.23

心を握るミシュラン二つ星の二代目・中村龍次郎氏

ミシュラン二つ星を獲得し続けている寿司店、海味の二代目大将・中村龍次郎氏。2015年に52歳の若さでこの世を去った先代・長野充靖氏から受け継いだ魂とは?

店主の人気で成り立っていた店を襲った不幸。二代目を引き継いだ現大将の心意気。常連になりたいミシュラン二つ星の寿司店の伝統継承物語。

「緊張しながら食べていただく店じゃない」

「極めて美味であり遠回りをしてでも訪れる価値がある料理」

これは、ミシュランガイドが“二つ星”に認定する飲食店の評価基準だ。その“二つ星”を長きに渡って獲得し続けているのが、漢字二文字でうみと読む『海味』という寿司店。さぞや豪勢な店構えかと思いきや、南青山三丁目交差点から西麻布方面へ向かう外苑西通りの最初の信号脇で、ともすれば見過ごしてしまいそうな看板を出していた。

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その小さな店を見逃さなかったことだけでも、1900年発行のガイドブックは信頼に値するわけだが、世界的権威の評価について“二代目”大将の中村龍次郎さんにたずねると、間髪入れずに意外な答えが返ってきた。

「ウチは、緊張しながら食べていただく店じゃないですよ」

あえて“二代目”を強調したのは、『海味』にとって、または中村さんにとって、先代大将の存在があまりに重要だからだ。

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「お客さんの心を握れるようになれ」

先代の長野充靖さんが『海味』を開いたのは、今からおよそ25年前。方々で修業した後に独立し、自分の店を育てていく上で独自の知識としたのは、寿司職人としての技量や先見性だけでなく、客を楽しませる会話だった。その機智に富んだ心地よい接客が人気を博し、年を追うごとに長野ファンで賑わうようになっていった。

一方の中村さんは、『海味』創業の数年前、東京・江東区で中華料理店を営む両親のもとに生まれた。父によく連れていかれた寿司の味に感動し、将来は寿司職人になることを決意。高校卒業と同時に、金沢や銀座で修業を積むことになる。

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「26歳くらいのとき、海味の求人広告を見つけました。一度はミシュランの店で働いてみたかったんですよね」

そうして先代と後の二代目が出会う。だが、二人そろって店に立つ時間は存外に短かった。なぜなら、仕事帰りにバイク事故を起こした中村さんが職場復帰に8カ月を要しただけでなく、先代に病が見つかってしまったからだ。

「おやっさんを振り返ると、入院時代に身の回りのお世話をさせていただいたことばかり思い出します。朝病院に行くと、まず外出許可を取り、3時間で5軒くらい食べ歩き。最後のほうはお腹が苦しくても、おやっさんの前で残すことができないので、美味しいっす、って言いながら口に運んでました。あれも修行でしたね(笑)」

もちろん仕事に関する話もたくさん聞いた。特に印象深かったのは、長野流の客を楽しませる信条だった。

「“寿司を握るのは当たり前。お客さんの心を握れるようになれ”。その言葉は今でも胸に響いています。何というか、そばにいるだけでこっちまで強くなれるような人でした」

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「昔の自分に言いたいです。お前はアホだったと」

2015年9月。先代が52歳の若さで亡くなった。当時の『海味』は、長野さんに鍛えられた中村さんの兄弟子たちが独立を果たした後だった。ゆえに店を守るなら、中村さんが後継者を務めるしかない状況だった。

「流れ、ですね。おやっさんが亡くなったのは私が28歳のときでしたが、実は前々から30歳で独立を考えていたんです。そのためにあちこちで修業してきましたから。でも、このまま辞めるわけにはいかなかった。おやっさんの店ですけど、この店のために役立ちたいと思ったんです。いや、自信はあったんですよ。流れと言いましたけど、やらせてくださいと手を挙げたのは自分でしたし。でも、二代目を引き継がせてもらってから2年経った今のほうが不安ですね。お客さんが来るのが当たり前なんてことはないですから。先代の苦労がようやくわかったというか、昔の自分に言いたいですよ。あの頃のお前はアホだったと(笑)」

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「お客さんを楽しませること。それに尽きる」

それでも、という表現が適当かどうかわからないが、『海味』は存続し、ミシュランの二つ星を獲り続けている。先代を失ったショックで離れた常連たちも、しばし時間を置いてから戻り、二代目を称えるようになった。

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本人は以前の自分を叱責したが、どんな事情であれ大将の人気で成り立っていた店を継ぐには多大なプレッシャーがかかったはずだ。それを聞き出そうとしても中村さんははぐらかそうとする。なので、せめて心意気だけでもとたずねたら、現大将の感性に満ちた答えが返ってきた。

「最高のネタを使って、最高の仕込みをする。これが寿司屋の基本ですが、『海味』の勝負どころはそれに加えて、先代が最後まで貫き通した、会話を通じて徹底的にお客さんを楽しませることです。とは言え先代と同じ喋りができるわけではないので、そこは自分の言葉で誠意を尽くしたい。お客さんの様子を感じながら、時に守り、時に攻めて。それ以前に、自分自身が黙って握れるタイプじゃないんですけどね(笑)」

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おそらく、代替わりしてようやく落ち着きを見せたのが現在の『海味』だろう。二代目として、どんな店にしていきたと考えているのだろうか。

「ウチの若い男の子たちには、お客さんに対しても、電話の受け答えであっても、しっかり声を出すように言っています。それが『海味』の伝統ですから。それを大事にしつつ、自分の色を足しながら、ずっと店に立っていられれば……」

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帰り際、客ではない我々を見送るために、中村さん始め全スタッフが店頭に立ち、通りに響く声で「ありがとうございました」と言ってくれた。それは、『海味』の前で毎晩行われている光景なのだろう。その中に自然に入れるようになりたいと思った。二つ星や有名店の評判を越えて、どんなに遠回りをしてでも通い詰める、二代目中村龍次郎のファンを名乗れる常連として。

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INFORMATION
海味

所在地 東京都南青山3-2-8
TEL 03-3401-3368
営業時間 18:00~23:45(L.O)
定休日 日曜・祝日
URL http://sushi-umi.co.jp/

Text:田村十七男
Photos:大石隼土

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