Vision 2018.08.09

言葉を持つ靴職人、花田優一の理想の職人像は「精神鍛錬を積んだ人」

世界最大級のメンズプレタポルテ見本市のピッティ・ウオモで、自身のブランド『YUICHI HANADA』 を披露し、ワールドデビューを果たした花田優一氏。22歳の靴職人が心に秘めた想いをたずねた。

正式名称は『PITTI IMMAGINE UOMO』。通称ピッティ・ウオモは、イタリアのフィレンツェで毎年1月と6月に開催される世界最大級のメンズプレタポルテ見本市だ。世界有数のブランドはこのイベントを新作発表の場とするので、それに合わせて世界中のバイヤーやファッションエディター、あるいは感度が高いファッショニスタが一堂に会する。その人数は数万人。会期中のフィレンツェはお祭り騒ぎになるという。
そのピッティ・ウオモに日本人の靴職人として初の出展を遂げたのが、『YUICHI HANADA』の花田優一氏だ。

改IMG_1997 言葉を持つ靴職人、花田優一の理想の職人像は「精神鍛錬を積んだ人」 ピッティ・ウオモの様子

一般的にシューズブランドのブースでは数十足の展示が慣例だが、花田氏がピッティ・ウオモの為に制作したのはわずか2足。1足は、花田氏が得意とするショートブーツ。もう1足は、1年半かけて研究した「自分にしか出せない曲線を持つ」ローファー。その2足だけで“勝負”した潔さだけでも、彼独特の感性をうかがい知ることができる。

改IMG_2001_cut 言葉を持つ靴職人、花田優一の理想の職人像は「精神鍛錬を積んだ人」ピッティ・ウオモにて展示したローファー

「2足とも同じ革を使用したのですが、同じ革でもデザインやつくり方で靴の個性や印象がまったく変わることを表現したかったのです。だからと言って、職人としての技術を誇るつもりはありませんでした。あくまで靴のおもしろさを多くの人に知ってほしかっただけ。腕を自慢するというのは、僕の考える職人の姿ではないのです。2足に絞ったのは、今の僕ができる最高を提示するのにベストだと考えたからです。僕なりの100点で挑まなければ、必ずピッティ・ウオモに飲み込まれてしまうと思いました」

MondoAlfa_180711_054 言葉を持つ靴職人、花田優一の理想の職人像は「精神鍛錬を積んだ人」

気概を込めた22歳のチャレンジは、自身の名を冠したブランドの世界デビューという大目標を果たすために必要不可欠だった。しかし、初出展にピッティ・ウオモを選んだのは、その開催地が18歳から20歳まで修行を積んだフィレンツェだったことが大きい。歴史と文化に満ちた街での約2年半で、彼は職人の本質を学んだ。そして日本に戻ってから現在に至る2年間で、職人の在り方に求道を見出した。言うまでもなく若い職人は、その道の途中にいる。

「一度でも仕事が嫌だと思う瞬間が訪れたら、そのときはやめちまえ」

花田優一は言葉を持つ職人だ。しかし、その雄弁さは時に誤解を招く。望まれればメディアへの露出も果たすので、語るほどに既存の職人観から逸脱すると指摘を受けることもある。だが、花田氏自身が最初に理想とした職人像は、それこそ既存とされる「寡黙で武骨で泥臭く、ひとつの仕事に没頭する」姿だった。その理想像にもっとも近かったのが、フィレンツェの名工と呼ばれたアンジェロという老靴職人だった。

MondoAlfa_180711_180 言葉を持つ靴職人、花田優一の理想の職人像は「精神鍛錬を積んだ人」フィレンツェでの修行の際、実際に使っていた靴の木型

「イタリア語も話せなかった18歳を、『チャオ』の一言で迎え入れてくれた師匠でした。こちらが聞けば応えてくれますが、そうでなければただ黙って仕事をしている人です。僕も、事細かにたずねるのは職人として正しくないと思っていたので、アンジェロの背中を見ながら約2年半を過ごしました。だから、師匠の声をあまり覚えていなくて……」
なぜ職人を目指したか? なぜ誰も知らない土地に向かったか? それらの解答は、平成の大横綱を父に持った運命に紐づいているが、ここではフォーカスがずれそうなので説明を避ける。詳しく知りたい方は、花田氏の著書『生粋 生きる道は自分で決める』(主婦と生活社)をご一読いただきたい。

MondoAlfa_180711_153 言葉を持つ靴職人、花田優一の理想の職人像は「精神鍛錬を積んだ人」

「そう言えば一度だけ、師匠に聞いたことがありました。それほど長く靴職人を続けてきて、仕事が嫌になったことはないのかと。その答えがあまりにカッコよかったんです。『一度もない。もしお前にそう思う瞬間が訪れたら、そのときはやめちまえ』。ああ、この人はずっと靴づくりに恋しているんだと思いました」

無口なアンジェロは、言葉が少ない分だけ愛情に満ちた師匠だったという。工房に入って半年、自ら突然ミシンを踏んでエプロンをつくり、「今日からこれをつけろ」と手渡してくれた。そして「熟練の先輩にも負けない自分なりの武器」を見つけて帰国することになった当日、アンジェロは非売品の靴づくりの教科書を去りゆく弟子に贈った。「別れの場面も『チャオ』だけ。最後まで言葉の少ない師匠でした」

MondoAlfa_180711_159 言葉を持つ靴職人、花田優一の理想の職人像は「精神鍛錬を積んだ人」現在でも、靴づくりをする際は師匠が作ったエプロンを身につけている

帰国と同時にオーダーメイドの靴工房を設立。少しずつ顧客を増やし、ひたすら靴づくりに没頭する日々の中で、誠実に仕事に励むほど行き場のないジレンマが膨らんでいった。

MondoAlfa_180711_215 言葉を持つ靴職人、花田優一の理想の職人像は「精神鍛錬を積んだ人」

MondoAlfa_180711_178 言葉を持つ靴職人、花田優一の理想の職人像は「精神鍛錬を積んだ人」

「この国に古くからあった、職人に対する尊敬が失われている。その原因の一つは、ネットで何でも買えることで、消費者と職人の距離が遠ざかっていることです。それが進めば、いや現実的に進んでしまったことで、職人のなり手が減っている。イタリアでは今でも、それを誰がつくったかを喜々として語れる人が多い。なのに日本は、イタリアと同じように職人文化が根付いてきたにも関わらず、職人自体が滅亡しかかっている。なんてつまらない国になったんだと、それは残念という言葉では語り尽くせない苦しい気持ちになりました」

MondoAlfa_180711_094 言葉を持つ靴職人、花田優一の理想の職人像は「精神鍛錬を積んだ人」

だから彼は発信することを決めた。この国のため?職人のため?それよりも今を生きる自分のためと言ったほうが正解に近いだろう。その決意の裏には、ジレンマと対峙しながら磨き上げた花田氏の知性がある。

「職業とは、人生を邁進するための、人として成長するためのツールだと思うんです。そして職人は、技術を持っている人の総称ではなく、精神鍛錬を積んだ人を意味するのだと。経験の長さで評価されるのが職人の常ですが、22歳の僕は、今の自分のやり方で、花田優一にしかできないことを表現したい」

イタリアで学んだのは、職人の欠落こそが魅力になること

ブランドを通して自分自身を発信する。これもピッティ・ウオモの出展を決めた理由だ。そこではうれしい再会があった。81歳の今も現役靴職人のアンジェロが『YUICHI HANADA』のブースを訪ねてくれた。
「正直、叱られたらどうしようかと不安でした。けれど、僕の靴はどうですかと聞いたら、昔のようにたった一言。『Perfetto!』」
彼の国の言葉で『完璧』という意味である。

「イタリアで学んだことの一つは、職人の欠落こそが魅力になるということでした。あえて雑味を残すことで作品に個性を宿す。僕にも精神的な弱さや癖があるけれど、それを肯定しアドバンテージにすることで『YUICHI HANADA』ならではの作品をつくり続けていきたいです」

改IMG_1998 言葉を持つ靴職人、花田優一の理想の職人像は「精神鍛錬を積んだ人」

師匠にも称賛されたピッティ・ウオモでのブランド発表だが、世界に名を知らしめたということは、より多くの人が花田氏の作品を求める可能性を広げたことにもなるはずだ。であれば、もはやオーダーメイドだけでは済まなくなると思うのだが?

「それを考えた上でのブランド立ち上げなので、既製品を発売する計画はあります。でも、オーダーメイドであれ既製品であれ、自分の武器で勝負することに変わりはありません。やるからには世界で一番になりたいですね。一番にもならず『一番じゃなくてもいい』と口にするのはカッコ悪いじゃないですか。自分の武器?探求心と影響力かな。それを最大限生かして、より多くの人に『YUICHI HANADA』を知ってもらいたいです」

まったくもって生意気である。それは、ダブルミーニングを意図した題名の著書『生粋』の中でも本人が自覚していることなので、遠慮なく感想を投げたら、「やっぱり」と笑った。その瞳には、生い立ちや職業に関係ない、22歳の夢多き若者らしいまぶしい光が差していた。

MondoAlfa_180711_117 言葉を持つ靴職人、花田優一の理想の職人像は「精神鍛錬を積んだ人」

Text:田村 十七男
Photos:Nozomu Toyoshima

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