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バルテリ・ボッタス選手

バルテリ・ボッタス Valtteri Bottas

偉大なドライバーとなる事を運命付けられた男 バルテリ・ボッタス選手は、長い歴史を持つフィンランドのモータースポーツ界が生み出した、近年最も活躍しているドライバーの1人。1989年4月28日、フィンランド・ナストラ生まれ。フォーミュラ・ジュニアで輝かしい成績を残し、2008年にはフォーミュラ・ルノー・ユーロカップ、フォーミュラ・ルノー・北欧カップの優勝タイトルを同年に獲得した、史上2人目のドライバーとなる。2009年と2010年には、史上初となるマスターズF3での連続優勝を果たす。その後GP3シリーズに転身。ここでは4勝を挙げ、シリーズ優勝を果たしたことで、フレデリック・ヴァスールの目にとまり、モータースポーツの頂点であるF1への切符を手にする。

F1の頂点で活躍 2013年に正式にF1デビュー。最初の所属チームはウィリアムズだった。ボッタス選手は、そこでモータースポーツ界の新星として頭角を現す。2014年・2015年と善戦を続け、表彰台も何度か経験。2016年末には、世界チャンピオンのニコ・ロズベルグの後継ドライバーとしてメルセデスに移籍。そこで5度に渡るコンストラクターズ・タイトルを手にするなど重要な役割を演じ、2017年のロシアGPで初優勝を果たす。2021年シーズン終了時点で10回の優勝に加え、メルセデスで通算58回の表彰台入りを果たしている。

新たな1章の始まり F1通算で10回の優勝、20回のポールポジション、67回の表彰台入りを果たしたボッタス選手は、2019年と2020年にドライバーズランキングで総合2位となる。そして2022年よりアルファ ロメオ F1チームに移籍。新たな一歩が刻まれることとなる。これまで以上に新たなレギュレーションが採用される中、今F1はまさに「リセット」された状態にある。各チームにとってもドライバーにとっても、新たな王者が現れるチャンスが訪れようとしている。そんな状況の中でチームを優勝に導く鍵として、その才能に期待が集まる。

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表彰台回数 67
累計獲得ポイント 1784
出場回数 191
チャンピオン獲得回数 0
レース最高順位(回数) 優勝(10)
予選最高順位 1
生年月日 1989年8月28日

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周 冠宇(ジョウ・グアンユー)選手

周 冠宇(ジョウ・グアンユー) Zhou Guanyu

勝利の歴史 中国初のF1ドライバーである周選手は、同国のモータースポーツ史を切り拓く先駆者である。彼のF1への道は、これまで誰も成し遂げられなかった新たな道であり、そのポテンシャルに裏打ちされた彼の確固たる意思と、家族の大きな支えによって成し遂げられたものである。

更なる高みを目指して 現在22歳の周選手は、様々なレースにおいて成功を経験し、主要なF1チームの間で強力なドライバー候補として頭角を現していた。2015年、彼はイタリアF4でランキング2位となった後、F1への登竜門とされるユーロF3、F2で勝利を飾る。2021年シーズンは、F2でランキング3位となったほか、F3アジア選手権では総合優勝を果たしている。

F1デビューに向けて 周選手は歴史と伝統あるアルファ ロメオ F1チームに加わり、パートナーとなるバルテリ・ボッタス選手と競争力のあるチーム作りに取り組んでいる。F1に新たなレギュレーションが採用され、まさにゼロからのスタートとなった2022年シーズン。この若き才能とベテランドライバーとのコンビネーションは、チームを前進させていく大きな原動力となるはずだ。

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表彰台回数 0
累計獲得ポイント 5
出場回数 13
チャンピオン獲得回数 0
レース最高順位(回数) 8(1)
予選最高順位 9
生年月日 1999年5月30日

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ロバート・クビサ選手

ロバート・クビサ Robert Kubica

[ テストドライバー/リザーブドライバー ]

ポーランドの英雄 ポーランドが生んだ初のF1ドライバーであり、同国の国民的なヒーローでもあるクビサ選手。幼い頃から優秀なドライバーであった彼は、2006年にBMWザウバーチーム(当時)のテストドライバーとしてF1に初登場。同年の第13戦ハンガリーGPからジャック・ヴィルヌーヴ選手に代わってシーズンの後半戦で出場を果たし、第15戦イタリアGPでは3位でフィニッシュして初の表彰台に輝いた。

BMWザウバーでの成功 2007年シーズンもBMWザウバーのドライバーとして出場。この年はカナダGPで大クラッシュに見舞われるアクシデントもあったが、チームメイトであるニック・ハイドフェルド選手とともに好走を続け、チームのコンストラクターズ・ランキング2位獲得に貢献した。続く2008年シーズン、前年大クラッシュの舞台となったカナダGPで初優勝を果たしたほか、7回の表彰台を獲得。ドライバーズ・ランキングで(3位のキミ・ライコネン選手と同ポイントの)4位と大きな躍進を見せた。

帰国ドライバーズ・ランキング14位と不調で終わった2009年限りでBMWザウバーはF1撤退となり、2010年シーズンよりルノーに移籍。ドライバーズ・ランキング8位となる盛り返しを見せたが、翌2011年2月に参加したイタリアのラリーイベントで再び大クラッシュを起こす。事故で負った負傷は、レース生命を絶たれかねない深刻なものだったが、幸い翌年からレース活動を再開する。彼の驚くべき忍耐力と決意は、F1への復帰を実現させることとなる。2017年よりテストを再開し、2018年はウィリアムズでリザーブドライバー契約を結ぶ。2019年、同チームで今度はレギュラードライバーの座を取り戻した。2020年からはアルファ ロメオ レーシング(当時)でリザーブ&テストドライバーを担当し、チームのシミュレーター開発でも重要な役割を果たした。2021年は、キミ・ライコネン選手のコロナウィルス感染に伴い2つのグランプリで代役を果たす。練習時間も殆ど取れない状況下で、クビサ選手はレースで勇敢に戦いを見せた。

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フレデリック・バッサー

フレデリック・ヴァスールFrédéric Vasseur

[ チーム代表兼ザウバー モータースポーツ AG CEO ]

このフランス人エンジニアは、世界中で行われるモータースポーツのパドックにおいて、その名を最も知られる人物のひとりである。それは、様々なレースシリーズでチームをマネジメントし、成功へと導いてきた彼の功績ゆえのものだ。ヴァスールは、ARTグランプリとASMの創設者として、この2つのチームと才能あるドライバーたちとともに、GP2シリーズで8回、GP3シリーズで9回、F3ユーロシリーズで12回のタイトル獲得など、素晴らしい業績を残してきた。そして、ルイス・ハミルトン、セバスチャン・ベッテル、ニコ・ロズベルグという3人のF1ワールドチャンピオンをはじめ、多くのドライバーがヴァスールの才能を開花させたとも言える。

モータースポーツのルーツ 1996年にESTACA(フランスの高等教育機関)で航空技術および自動車工学の学位を取得したヴァスールは、最初のレーシングチームASMを設立し、同年にルノーとともにF3選手権に参戦。初の選手権タイトルを手にしたヴァスールは、続いてメルセデスとパートナーシップ契約を結ぶ。2003年、ASMはF3ユーロシリーズに参戦。2004年から2009年にかけて、マスターズ・オブ・ザントフォールトやマカオグランプリなどの名だたるレースで優勝するなど、毎年のようにチャンピオンを獲得し続けた。

勝利の星を量産する男 ヴァスールの指揮のもと、F3ユーロシリーズでは、ロマン・グロージャン、ジュール・ビアンキ、ポール・ディ・レスタ、ジェイミー・グリーンなど、数多くのドライバーがモータースポーツの頂点へと駆け上がっていった。2004年、ヴァスールは国際的なモータースポーツの頂点を目指して旅を続けた。以来、GP2シリーズでは、ルイス・ハミルトン、ニコ・ロズベルグ、ニコ・ヒュルケンベルグ、ストフェル・ファンドールンの4人のドライバーおよび所属チームで合計8つのタイトルを獲得。その他、GP3シリーズでは、エステバン・グティエレス(2010年)、バルテリ・ボッタス(2011年)、エステバン・オコン(2015年)、シャルル・ルクレール(2016年)にタイトルを獲得させた。

フォーミュラE、そしてF1の道へ このようにモータースポーツでの豊富な経験を持つヴァスールは、ハイブリッドおよび電気駆動列を開発するSpark Racing Technology(SRT)を2012年に設立。 2014年、世界最大の都市で競う電動マシンをフィーチャーしたFIAのレーシング・チャンピオンシップであるフォーミュラEが誕生。SRTは、フォーミュラEホールディングス(FEH)向けに40台のシングルシーター(Spark-Renault SRT_01E)を製造する契約を結んだ。2016年、ヴァスールはF1への第一歩を踏み出し、新たに設立されたルノー・スポールF1チームの代表に就任。続く2017年、(現在のアルファ ロメオ F1チームの前身である)ザウバーF1チームの代表兼ザウバー・モータースポーツAGのCEOに就任した。

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2022年シーズン全22戦を戦うマシン『C42』

2022年シーズン全22戦を戦うマシン『C42』 Alfa Romeo F1 Team ORLEN グローバルサイト(英語)