alfawoman 2021.12.14

盆栽は自然界の縮図。盆栽の伝道師・樹弥沙が目指す頂とは

“盆栽”にどんなイメージを抱いているだろうか。近年は世界からの注目も熱い日本の伝統文化のひとつであり、今や幅広い世代が楽しむようになりつつあるが、今なお年配の方の、少し高尚な趣味といった印象もある。そんなイメージを覆す存在が、樹弥沙(いつきみさ)氏。モダンな演出の盆栽を生み出す傍ら、盆栽教室の講師も務める、1982年生まれの女性盆栽家だ。盆栽をはじめ、お茶、和食、温泉など、日本の文化を愛してやまない、FCAジャパン マーケティング本部長、ティツィアナ・アランプレセ氏が樹氏に話を聞いた。

“樹”が大好きだった幼少期

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▲樹弥沙氏

この日、樹氏には盆栽の作品を持ってきてもらった。樹氏が準備をしている様子を、アランプレセ氏は興味深そうに眺めながら、「この盆栽は作ってからどのくらい経ったものですか」「私、昔から植物が好きなんです。盆栽、習いたいわ。お弟子さんは何歳くらいの方からいらっしゃるの?」など、樹氏にさまざまな質問を投げかける。やわらかな雰囲気のなか、自然なかたちでスタートした対談で、アランプレセ氏はまず盆栽の申し子ともいえるような『樹弥沙』という雅号(文筆家・画家・学者などが、本名以外につける風雅な別名)についても尋ねた。

「お茶の世界のように、盆栽の世界にも雅号があっていいのではないかと、私から師匠に進言しました(笑)」『樹』という名前は複数の候補の中から師匠や友人に相談し、また字画も見て選んだ。

「最初は子どもの頃から大好きだった『樹』という名前を名乗ることに、どきどきしていました。でも今はとてもしっくりきています」

アランプレセ氏は「本当に素敵なお名前。私も子どもの頃から樹が大好きで、素敵な樹があると挨拶してハグをするんです」と頷き、さらに盆栽との出会いについて質問を続ける。

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▲ティツィアナ・アランプレセ氏

「私が生まれ育ったのは、大阪の昔ながらの日本家屋です。小さな日本庭園があり、時折庭師の方にも入っていただくこともありました。美しく、庭を見ていれば四季を感じることもできる──、そんな庭に魅せられ、父のお下がりの一眼レフのカメラで、樹の写真ばかり撮っていました」

子ども時代の樹氏にとって、盆栽は憧れの存在だった。

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「親戚のおじさんが、大きな盆栽を所有していたんです。私は盆栽を使ってお人形さん遊びをしたかったのですが、当然ながら触らせてもらえません(笑)。その憧れを抱いたまま10代半ばになり、子どもなりにも自室のインテリアにもこだわるようになります。そこで観葉植物を置いてみたのですが、しっくり来ません。ここに必要なのは盆栽だと思ったのですが、10代の子どものお小遣いで、盆栽を手に入れるのは難しいと考え、小さな樹を買って盆栽風にアレンジしました」

「盆栽は樹さんにとってのビューティーそのものなのね」と、アランプレセ氏は相好を崩す。

「そうだと思います。小さいけれど、立派な幹もあれば、細かい枝もある。大自然の樹をスモールライトで小さくしたようなミニチュア版の美しさに夢中になりました」

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盆栽をもっと身近なものとして楽しんでもらいたい

盆栽の虜になった樹氏は、「本を読んだり、いろいろな人に聞いたりしながら見よう見まねで」盆栽を作り始める。そして、しばらく経った頃、盆栽による空間デザインの依頼が舞い込んだ。

「20代前半、会社勤めをしていた頃です。初めて自分の盆栽を美しいと言ってもらったことがうれしくて、もっと腕を上げたい、独学ではなくきちんと盆栽を学びたいと考えました」

これを機に大阪の盆栽園『養庄園』で、小品盆栽協会専務理事である浦部達夫氏に師事する。

「どんな風でした?最初は難しかったですか?」と、アランプレセ氏。

樹氏は、少し驚いたように「日本の文化のこと、とてもよくご存じなんですね」とアランプレセ氏に話しかけた。アランプレセ氏は、「私、日本の文化が大好きなんです。日本の文化については、大抵はお話できると思うわ」とたおやかに笑い、質問を続けていく。

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「師匠はとても素敵な人です。考え方も柔軟で、盆栽は敷居が高いと身構えていた部分があったのですが、好きにやっていいと言ってくれたのはうれしい驚きでした。上手な盆栽を作るだけの人にはなってほしくない、盆栽をもっと多くの人に楽しんでもらえるように、盆栽を広める人になってほしいと言われました」

それが師匠である浦部氏が樹氏に課した使命であり、それが今、樹氏の活動を支えるパッションとなっている。盆栽をもっと身近なものとして楽しんでもらいたいという強い思いとともに、盆栽講師としても活躍。各地でワークショップを開催するほか、オンラインのレッスンも開始した。

「盆栽はこうでないといけないという固定観念に縛られず、楽しむことを大切にしたいと考えています」と語る樹氏だが、“人に教える”ことは、樹氏にとって大きな挑戦のひとつでもあったという。

陽の当たらない場所でも育てることができる『NEO盆栽』はそんな活動のなかで誕生したものだ。小さなガラスの中にアレンジした盆栽に、LEDライトを照射して光合成を促すことで、枯らすリスクを軽減させた。

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▲『NEO盆栽』

「テラリウム(ガラスの容器などで密閉された空間のなかで、植物など生き物の飼育や栽培などをすること)の制作経験がある生徒さんとアイデアを出しあい、時間をかけて完成させました。植物用のライトや、苔がガラスの中に入ったものなど、似たようなものはこれまでもありましたが、私は枯れにくい盆栽を作りたかったんです。盆栽を始めても枯らしてしまい、盆栽に苦手意識を持つ人は少なくありません。それが悲しくて」

“マンションなど小さなスペースでも育てられる”、“枯れにくい”という課題は、土の部分を二層にすることで、いらない水が下に落ち根腐れしない構造にすることでクリアした。「水やりも2ヵ月に一度程度で手間いらずです(笑)」。

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▲『NEO盆栽』

自分の未来は自分自身で作っていくもの

先駆者として頂に挑み続ける樹氏は、今また新たなチャレンジを試みようとしている。

「次世代の方々に少しでも良い状態の世界を引き継ぐことが目標です。今後も楽しみながら盆栽と関わりつつ、盆栽とは別に、教育、サスティナブルな社会・環境作りの2つをテーマに、新たな活動をスタートさせました」

子どもの頃から「ずっとお利口さんでした(笑)」という樹氏。傷つくのは怖かったし、大きな冒険は避けていた。

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「でもある時、そんな生き方では、私は幸せだと感じられないことに気づいたんです。自分の人生には自分で責任をとるしかありません。傷ついても迷ってもそれはきっと意味のあることだし、間違ったら方向転換すればいい。ティツィアナさんもそうだと思いますが、今輝いている人は、つらい経験を、自分の糧にできた人だと思うんです。きっと失敗もするでしょうし、傷つくこともあると思いますが、怖くはありません。自分の心が幸せだと感じる方向に向かっていこうと思います」

この思考に導いてくれたのは他でもない盆栽だ。「盆栽が私のアイデンティティを確立してくれたのかもしれません」と、噛みしめるような口調でこう続ける。

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「盆栽は大自然の縮図。私たち人間も自然の一部であり、この世の中のすべては自然の法則に則っています。たとえば、樹も恋愛も与えすぎると枯れてしまいます(笑)。組織でも上司の存在が大きすぎると下が育ちません。上の葉が大きくて、下が影になってしまっている樹と同じです」

「子育てにも似ているかもしれないですね」というアランプレセ氏の問いに、樹氏は笑顔でこう答える。

「主婦の方向けの講座では、『育児みたいですね』という声もよく聞きます。私も2児の母ですが、愛情をかけたぶんだけ自分に戻ってくるというところは似ているかもしれません。でも子育てはなかなか思うようにいかないんですよね(笑)」

最後に、「これからも道なき道を行きたい」と、飽くなき挑戦を続ける、樹氏からのメッセージをお伝えしたい。

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「みなさん、一人ひとりがすばらしくかけがえのない存在です。たとえばこの盆栽、幹のところが白くなっていますよね。すでに枯れてしまっているんです。でもその白い部分を含めてこの樹の歴史です。時には布団から出られないくらい落ち込むこともあるかもしれません。でもそういった時期を含めて、誰もが素晴らしい人なんです。他人と比べる必要もありません。自分の未来は自分自身と相談しながら作っていけばいいんです」

アランプレセ氏は、「やっぱり私、盆栽習いたいわ」とつぶやく。取材が終わる頃には、誰もが盆栽の世界に魅せられていた。

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Interviewer:FCAジャパン株式会社
マーケティング本部長
ティツィアナ・アランプレセ

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Text:長谷川あや
Photos:大石隼土

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