alfawoman 2020.07.31

自分の可能性を制限しない。フラワーアーティスト・リョウリレイ氏のBe yourself.

独自のセンスから生み出すフラワーアレンジメントが、女性を中心に絶大な支持を集め、Instagramでは約4万人のフォロワーを持つフラワーアーティスト・リョウリレイ氏。ウエディングからスタートし、現在は、パーティーやイベントのコーディネートやディスプレイ、レッスンなど幅広く活躍しているリョウリレイ氏に、FCAジャパンマーケティング本部長のティツィアナ・アランプレセ氏が、インタビューを実施。リョウ氏はなぜ“花”とともに生きていくことを選んだのか、その背景をひもとく。

アパレルからフラワーアーティストの道へ

No.5-1 自分の可能性を制限しない。フラワーアーティスト・リョウリレイ氏のBe yourself.▲リョウリレイ氏

取材は時節柄、また、リョウリレイ氏(以下、リョウ氏)が神戸を拠点に活動していることを鑑み、リモートで行われた。

「リョウさんにとって、“ビューティー”とはなんですか」

今回のインタビューの核心部分でもあるこの問いに、リョウ氏は言葉を選びながらこう答えた。

「外見はもちろん大切ですが、年齢を重ねるにしたがって、内面から来るものも大切だという思いが強くなってきました」

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そう語るリョウ氏は、花のどのような部分に、“美”を見出しているのだろうか。

「花は美しく、その存在だけで幸せを感じさせてくれます。そして、その美しいものを組み合わせることで、より人を感動させることができるのです。私が手がけることで、より花を美しいものにしたいですし、“リョウさんはこんな色使いをするんだ、こんな組み合わせをするんだ”と、新しい発見をしてもらうことにも喜びを感じています」

リョウ氏が、花に関わる仕事をスタートさせたのは30歳の時。「子どもの頃、母がフラワーアレンジメントを習っていたのですが、当時はまったく興味がなかったんですよ(笑)」と、モニター越しのリョウ氏はしなやかに笑う。

“花嫁修業をして結婚すればいいと思っていた”というリョウ氏は、短大を卒業後も就職せず、「せめてアルバイトでもしよう。それならば大好きなファッションに関わることがいい」と、知人にアパレルの販売職を紹介してもらう。

「自分自身がスタイリッシュに洋服を着こなすのも好きですし、私がおすすめした洋服でお客様にきれいになってもらうことも楽しくて」、10年間、洋服にかかわる仕事を続けてきた。しかし、自らが結婚を決めたタイミングでもうひとつの転機が訪れる。

「自分たちの結婚式の花は、自分たちでプロデュースしようと決めたんです」

この経験をきっかけに、花の世界で生きていくことを決めたという。

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これを受け、アランプレセ氏は、「美を提案するという仕事は、お洋服を売る仕事も、お花の仕事も大きな違いはないかもしれません。ただ、10年続けてきた仕事をやめて、新しい世界に飛び込むことに不安はなかったのですか」と問いかける。

「なかったですね。お客様にもっと美しくなってもらいたいという思いは、同じですから」

ほぼゼロからのスタートになるが、考えた末、フラワーアレンジメントの学校には行かなかった。

「学校で技術を学ぶのではなく、デザインに特化し、また、ルールのない状況でやっていくほうが私には向いているのではないかと考えました。新しいものを作る時、できない理由を考えるのではなく、これを作るためにはどうしたらいいのかと考えることができるのは、何がNGかを知らずに始めることができたからだと思っています」

値段が付いた“モノ”を売る仕事から、自分で値段を決める“デザイン”を売る仕事に変わったことへの戸惑いはあった。しかし、「私はウエディングからこの仕事に入りました。目の前に何もない状態から打ち合わせがスタートし、お二人のやりたいことをヒアリングして、それならばこういう花、こういう器を使って、こんな風にデザインにしようと考え、提案していくことは、すごく難しかったけれど、同時にすごく楽しいことでもあったんです」と、リョウ氏は、花の仕事にのめりこんでいく。

自分を必要としてくれている人に良いものを提案したい

そんなリョウ氏のパッションはどのようにして培われたのだろうか。

「振り返ってみれば、母から受けた影響は、やはり大きかったですね。小さな頃から、母は私におしゃれをさせるのが大好きでした。赤いブーツを履いている、私が5歳の時の写真も残っています。それが今見ても、とてもかわいいんです(笑)。ニューヨークに住んでいた叔父は、毎年クリスマスに素敵なカード送ってくれ、母はそれをリビングにきれいに飾っていました。今思えば、そういった美しいものを、小さい頃から吸収していたのかもしれません」

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これまでの人生における、チャレンジングだったことについても質問した。

「本気で仕事に取り組まないと、と考えたいちばんのきっかけは離婚ですね。自分で切り盛りしていかなければならない状況になったことで、自分を必要としてくれているスタッフやお客様に、責任をもって良いものを提案していかなければならないという気持ちが強くなりました」

2019年には神戸市に80坪にも及ぶアトリエを構えた。

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「自分の城となるアトリエを構えたことも、私にとって大きなチャレンジでしたデザインを考えるだけなら、マンションが一室あればことは足ります。大きな仕事が入った時は、パートナーさんと一緒に製作していくこともできます。ただ、案件ごとに違うメンバーと仕事をするより、自分が信頼できるチームを作りたいと思ったんです」

日本と中国、自身のアイデンティティについて

『JIELI』というブランド名にはどんな意味が込められているのだろうか。

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「リョウリレイというのは、私の名前、廖莉玲の日本語読みで、マンダリン読みでは、リャオリーリンと読みます。会社を立ち上げた時、自分の名前を使いたいと思ったのですが、リョウもリレイもリャオもなんとなく違う気がして、ふと子どもの頃、リレーちゃんと言われていたことを思い出したんです。バトンを渡す、リレーという競技がありますよね。中国語では、接する力と書いて、“ジェイリー(接力、JIELI)”といいます。私の仕事は、幸せと幸せを繋ぐことでもあり、また、私たちから発信するものが誰かに伝わり、それがさらに広がっていって欲しいという思いもあります。そんな風に、幸せのリレーを繋げていきたいという願いを込めました」

JIELIというブランド名には、リョウ氏のアイデンティティが詰まっている。もうひとつ、リョウ氏は中国人というアイデンティティについては、どのようにとらえているのだろうか。

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「私も、そして、父母も日本で生まれていることもあり、中国人であることのアイデンティティについては、常に考えているわけではありません。ただ、それでも私はチャイニーズですから、アイデンティティは決してゼロではありません。自分では、日本で生まれ育った日本人の部分と、国籍を持つ中国人の部分とのバランスがうまくとれていると思っています(笑)。日本特有の繊細な色使いと、中国特有の赤やゴールドといった派手な色使いとか、時には情熱的に、時には引き算もできるミックスしたバランスが、自分のデザインにも現れていると思います。」

そう言って、リョウ氏は、国籍の問題など取るに足らないことといった風情で軽やかに笑った。

自分の可能性を決めるのは自分

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インタビューの終わりに、リョウ氏に、アルファウーマン、そしてアルファウーマンでありたいと願う女性たちへのメッセージをお願いした。

「私は常にやりたいこと、こうしたいと思うことに挑戦し続けてきました。年齢を重ねると、新しいことを始めることに消極的になったり、他人に“え、その年齢で?”と言われたりすることが増えてきます。自分の可能性を決めるのは自分です。実行に移すのも自分自身です。本当にやりたいことがあれば、自分を信じてチャレンジあるのみ、たとえ失敗しても、自分を信じて次のチャレンジをすればいいんです」

年齢を理由に、自分の可能性を制限してしまうのはとてももったいないこと。やりたいことがあれば、やってみればいいと語るリョウ氏の口調によどみはない。

「花ひとつとっても、気に入った花があれば一輪でも、買ってくればいいと思います。花瓶がなくても、ガラスのコップでいいんです。コップに好きな花を一輪刺しただけでも気持ちが豊かになる、ふとそれが目に入った瞬間、ほっと和む──、これが花のすばらしいところだと思います」

Interviewer:FCAジャパン株式会社 マーケティング本部長
ティツィアナ・アランプレセ

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Text:長谷川あや

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