alfawoman 2020.12.17

あの日見た夢を追いかけて。タチアナ・カルデロンがサーキットで体現し続ける”Be yourself.”

タチアナ・カルデロン氏、27歳。現在、アルファ ロメオ・レーシングの開発ドライバー兼チームアンバサダーとして活躍する彼女は、いちドライバーとしてはもちろんのこと、昨今のモータースポーツ界の”変革”を語るにおいても特筆すべき存在だ。そして、いま最もF1に近い女性と言っても過言ではないだろう。今回は、オンラインにてインタビューを実施。FCAジャパンマーケティング本部長のティツィアナ・アランプレセ氏との対話からは、彼女の強さの根源とレースの世界で磨き上げられた内なる美しさが見えてきた。

モータースポーツとの出会い、“特殊なキャリア”のはじまり

過酷なレースシーンにおいて、カルデロン氏はいかにして自己を確立してきたのか。その根幹に触れる前に、まずは彼女がエンジンとともに歩んできたキャリアを遡っておきたい。

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▲タチアナ・カルデロン氏

南米コロンビアの首都・ボゴタで生まれ育ち、サッカー・テニス・乗馬など、自身の競争心を満たすべくさまざまなスポーツに打ち込んだ幼少期。そんな中、レーシングカートとの運命的な出会いを果たしたカルデロン氏は、9歳でカートレースを始め、カート国内大会でチャンピオンの座に輝いた数年後にはツーリングカーの大会でも王者の座につくなど、その頭角を現わすまでに時間はかからなかった。持ち前の粘り強さとチャレンジ精神は、天性といってもいいのかもしれない。しかし、それらを最大限に発揮するために必要不可欠なことがある。家族の理解だ。

「特殊なキャリアに向かって進もうという女性に対して、家族のサポートはいかがでしたか?」というアランプレセ氏の問いかけに、カルデロン氏はカートレースに出会った頃のことをこう振り返る。

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「私には姉と3歳下の弟がいて、幼い頃は弟とよくケンカもしていました。ですが、父と母は『姉だから、弟だから』といったことは口にしませんでしたし、性別やどんなスポーツかということは気にせず、やりたいことをやらせてくれました。父はクルマが大好きで、レースの経験こそありませんが、私をゴーカートに連れて行ってくれたり、レースに参加することに対しても協力的でした。一方、母は説得するのが少し大変でした。本当はテニスのように身近なスポーツをやって欲しかったようでしたが、私がモータースポーツに情熱を傾けていることを理解し、協力してくれるようになりました。姉のパウラは、私のマネージャーであり、ベストフレンドでもあります。彼女はいつも私の近くで必要なサポートをしてくれています。家族には、レースを始めた頃からずっと助けてもらっています。だからこそ私は今、こうしてここにいることができるのです」

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コロンビア国内のレースシーンでその実力を遺憾なく発揮し、2012年以降はフォーミュラカーレースへ進出。挑戦の舞台を海外へと広げていった。その後の戦歴は、インタビュー中カメラに向ける和やかな表情とは容易に結びつかないほど鮮烈だ。2016 年には、『GP3 シリーズ』のシーズン中 3度にわたって10位以内でのフィニッシュを飾り、同シリーズで最も成功した女性ドライバーとして脚光を浴びている。2019年『FIAフォーミュラ2選手権(旧GP2)』に参戦。そして今年は、スリーボンド・ドラゴコルセの一員として『全日本スーパーフォーミュラ選手権』に参戦すべく来日を果たした。

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上位戦線で活躍する稀有な存在である彼女が現在の立ち位置を確立するまでに、どれだけの試煉があったのかは想像に難くない。レーサーとして心身のストイックさが求められることはもちろん、依然として男性優位のイメージが強いモータースポーツの世界では、“女性”であるがゆえに生じる負荷もある。そうした特質的な環境で、なにをすることが自分の成功につながるのか? 彼女は、競技における性差の影響とパフォーマンス向上について分析を続けてきた。

「おかしな話ですが、私は『あなたにはできない』と言われることがモチベーションになります。もちろん言われたときはとてもイヤな気分になりますが、その『できないこと』について問題を分析し、克服しようとします。そして私は、男性と女性ではなにが違うのかを見つけ出すために多大な労力を払います。マシンのどこが男性向けになっているのか? パフォーマンスを最大に引き上げるためには、なにをどうすればいいのか?男性との立場の違いから、それらを見つけ出そうとしています。ときには、ピットのエンジニアに対して『ここを変更すれば、私はパフォーマンスを発揮できる』ということを強く伝える必要があります。マシンを自分に合わせるということに対して、とても深く関わるようにしていますし、チャンスを与えられたときに自分が言ったことが正しかったということを証明しなければいけません。そうした姿勢によって、チームからリスペクトを得ることができています」

情熱的に取り組めば、失敗すらも力に変えられる

「男性主体の世界のなかでは、女性が力を証明するのはとても大変だと思いますが、同時に大きな可能性もあるはずです--」と前置きしたうえで、アランプレセ氏は改めてこんな質問を投げかけた。「女性が男性と同じだけのリスペクトを得るというのは、モータースポーツの世界ではやはり大変なことなのでしょうか?」 少し間を置いて返ってきたのは、主体的でありながらも冷静な答えだった。

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「リスペクトを得るために必要なことは男性も女性も同じ……と言いたいところですが、それでは嘘をつくことになります。実際は、女性が認めてもらうほうが大変だと思いますし、正しいということを男性よりも証明する必要があると感じています。モータースポーツの世界では女性の数は少ないですから、注目を浴びることになります。それは、たとえ本人が望まない場合であっても。クルマに乗ってパフォーマンスを見せる以前に、どのように見えるか・どのように振舞うのかといった点が重視され、そのあとにようやくパフォーマンスを見てもらえます。私たちは、この状況を変えなければいけません」

昨今、ドライバーだけでなく、エンジニアやメカニック、マネージメントなど、モータースポーツを取り巻く女性の存在を目にすることはさほど珍しくなくなった。とはいえ、与えられる機会は、男性のそれに依然及ばないのが現実だ。カルデロン氏も、「チャンスは一度しかないという気持ちでいる」と語っている。しかしそれは、決してネガティブな意味ではない。この言葉のあと、彼女はこう続けている。「そしてチャンスを得るときには、パフォーマンスを発揮する準備が整っていなければなりません。その点で、私は自信があります。なぜなら、つねに自分のやりたいことに対して一生懸命に取り組んでいるからです」

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熾烈を極めるレースの世界にあって、彼女を輝かせるもの。それは、“女性”という記号ではなく、挑戦の先にある失敗や成功によって裏打ちされたスキルと自分を信じる勇気、そして絶えず燃やし続けているパッションだ。

「情熱というのは、自分にとってキーエレメントとなっています。本当にやりたいことについて情熱的に取り組めば、失敗したとしてもそれを受け入れることが出来ます。もし成功すれば、それ以上の満足はありません。モータースポーツには、自分自身でどうすることもできない数多くのファクターがあります。そうした中で、自分が持つものをすべて発揮出来ていれば、仮に優勝できなかったとしても大きな満足が得られます。どうすればもっと良くなるかを知ることができるからです。私は、自分がやっていることが本当に大好きだし、つねに進化していたい。だから、絶対に諦めることはしません」

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9歳でレースの世界に飛び込んだカルデロン氏にとって、これまでの日々は挑戦の連続だ。そして、その挑戦の中でモータースポーツへの愛を深めてきた。だからこそ、“これまでで一番大きなチャレンジ”と“ライフ・ワーク・バランス”についての問いかけは、彼女を少々悩ませてしまったようだ。

「非常に難しい質問ですね。毎日がチャレンジですし、次々に難しいチャレンジがやってきます。ですが、その質問に答えるとすれば、自分を信じることです。私は周りからつねに、『あなたはクレイジーだ』とか『それは無理だ』とか言われてきました。事実、45年以上も女性ドライバーはF1を走っていないわけですから。なので、いつか目指す姿になれると自信を持ち続けることが最もチャレンジングなことだと思います。私はモータースポーツに、かなり取り憑かれています。自分がやっていることを本当に愛しているのです。ここ数年は、家族とゆっくり過ごしたりレースが終わったら2日間はなるべく他のことをやるようにして、抱えているプレッシャーをなくすように心がけています。だけど、それも自分にとっては難しいことです。なぜなら、自分自身に挑戦すること自体が好きなのですから」

アランプレセ氏の言葉をそのまま流用するならば、“レーシングドライバーは、消耗する職業”だ。フィジカルトレーニングはさることながら、常時プレッシャーとアドレナリンの狭間に身を置くには莫大なエネルギーが必要となる。では、エネルギーの供給源はどこにあるのだろうか。そのひとつが、彼女を取り巻く理解者たちの存在だ。家族や友人、スポンサー。そして、アルファ ロメオ・レーシングのメンバーたちもその例に漏れない。

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「自分の周りに信頼できるサポーターがいるというのは重要なことだと思います。スポンサーや他に関わってくれる人たちの存在は、自信にもつながります。そして、私はアルファ ロメオ・チームのメンバーと働けることを光栄に思っています。4年前このチームに来て以来、メンバーは私のことを“女だから”というような扱いをしたことはありません。彼らはつねに私のパフォーマンスや仕事を基準に評価し、実力を示すチャンスを与えてくれています。アルファ ロメオは、最初にF1を運転させてくれたチームです。ファクトリーを訪れるたびに、9歳のときから見ていたF1ドライバーになる夢が身近に感じますし、500戦もの戦いを繰り広げて来た歴史あるチームであることを実感していいます」

内面的な美しさとは、自分自身に集中することで磨かれる

1950年に開催された第1回フォーミュラワン世界選手権から70年あまり。過酷なレースを戦うためにマシンは日々進化を続け、特有の造形美を獲得した。究極の速さを追い求めるうえで生じる、極限の美しさ。そんな世界に憧れ、身を投じたカルデロン氏だからこそ言葉に出来る“美しさ”の定義がある。そしてそれは、アルファ ロメオの哲学である“La meccanica delle emozioni-感情の力学”とも深く共鳴している。

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「私が考える美しさとは、複数のものが組み合わされた結果、生み出されるものだと思います。たとえば、クルマもそうです。アグレッシブさやセクシーさ、外側だけでなく、内面の美しさというものあります。アルファ ロメオのクルマにはそれを感じます。Alfa Romeo Giulia(アルファ ロメオ ジュリア)Alfa Romeo Stelvio(アルファ ロメオ ステルヴィオ)は、それぞれが強みを持っていると思いますが、細部にまで行き届いたデザインとドライバーがクルマと一体になったような感覚を得られるところは共通しています。ドライバーの思い通りに動いてくれるところが素晴らしいところです。美しさをひと言で表すのは難しいですが、内側と外側、そしてどのように表現するか。これらすべての要素が絡み合って形づくられるものだと思います」

カーレースという世界において、内側の美しさに当たるもの。それは、ドライバーの情熱だ。モータースポーツのように男女比がアンバランスな環境では、「美しさ、自分がどう見せたいのかを表現することについてよく考える必要がある」とカルデロン氏は言う。

「私は女性だし、女子として良く見られたい気持ちはあります。ですが、場面によって自分がどのように見えるかをよく考え、そのうえでパフォーマンスを示す必要がありました。自分が本当はこう見られたいというのがあり、それが女性らしさだとすると、それをサーキットのような場所で出すと浮いてしまいますから。これまでに、『キミが運転するの? 嘘だろ?』と言われたこともあります。『340km/hの速さで走ります』と答えても信じてもらえない。ですから私は、女性である前に“自分がどのような人間であるか”を表現できるように努めました。今ではそのことについて、自信を持っています。周りがどう思おうと構わない、自分自身に集中して、自分が正しいと思うことをするのが重要だと思います」

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“男女の比率がアンバランスな環境”は、ジェンダーにまつわる慣習が色濃く残る日本社会にも置き換えられる。カルデロン氏の言葉に深く共感したうえで、アランプレセ氏はこう続けた。「とても重要なことをおっしゃったと思います。特に日本では、女性がもっと自信を持って自分自身を打ち出していくことが大切です。この国には、女性はこうであるべきだという模範が存在しています。自分をアピールすることが適切ではないと思われることもあります。だけど、大事なのは中身です。その中身とは自分のやるべきこと。誰もが自分のビジョンを持つ必要がありますし、内なる情熱を表現することが自信につながるはずです」

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▲インタビューはオンラインにて行われた

インタビューの最後、カルデロン氏はアイデンティティについて、こう語っている。「人はときに、他人と違うことを恐れます。しかし人と違うことは、悪いことではありません。視点が異なることは、人と違う見方ができるということでもあります。違うことはいいことだと考えられることが大切だと思います--」。人との違いを認めたうえで、自身がやるべきことを体現していく。決してカンタンなことではないが、その過程でこそ本当の自分らしさに出会えるのかもしれない。

Be yourself.“をサーキットで体現するカルデロン氏の眼差しは、幼い頃から追い続けた夢の背後を確実に捉えている。そしてその姿は、日々自分らしさと向き合う私たちを鼓舞し続ける。アルファ ロメオのドライバーとしてF1の舞台で彼女を目にする日は、そう遠くないはずだ。

Interviewer:FCAジャパン株式会社 マーケティング本部長
ティツィアナ・アランプレセ

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Text:野中美咲(NaNo.works)

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