Art of Taste 2020.12.09

世界中で得た旅と味の記憶を、皿の上に表現し続けて。 大野尚斗シェフが作る“インクルーシブな料理”とは?

アルファ ロメオは、ただの車ではない。そこには作り手たちの情熱が宿り、培われてきた美意識が色濃く息づいている。そんなブランド哲学を、食を通じて眺めてみようというのが、Art of Tasteプロジェクト。今回取材したのは、世界中のレストランを食べ歩き、厨房でも働いてきたという“旅する料理人”大野尚斗さん。フードジャーナリストの山口繭子が、千葉県いすみ市での食材調達から料理に昇華させるまでの時間を追った。

食材は自分で選びたい。料理人にとってそれは命だから

かすかに冬の気配がにじみ始めた海沿いの田園地帯。千葉県いすみ市にある『ファームアキ』は、31歳の野菜生産者、青木昭子さんが一人で営む農園だ。広い自然の中に点在する農園は、集めればかなりの広さになるだろうが、青木さんは敷地から敷地を飛び回り、数多くの野菜たちを甲斐甲斐しく世話して回るのが日常だという。

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▲大都会でも大自然でも、どんな背景にもすんなり溶け込み、それでいて存在感を放つアルファ ロメオ ステルヴィオ

「アキさんの野菜はね、なんだか他の野菜とは味も性格も違うんですよ。不思議ですよね」と言いながら、真っ赤な『Alfa Romeo Stelvio(アルファ ロメオ ステルヴィオ)』から降りて農園に向かって歩き出したのは、大野尚斗さん。自身のレストランの開業に向けて準備を進める、プロフェッショナルのシェフだ。まだあどけなささえ感じさせる青年シェフは青木さんと同い年だが、すでに誰も真似できないほどたくさんの国とレストランを巡り、料理を味わい、時には厨房にそのまま入れてもらって修業するという貴重な経験を繰り返してきた。18歳で福岡の高校を卒業した後は、地元で下積みを経て、ニューヨーク郊外にある料理大学へ。卒業後はシカゴの三つ星レストランで部門シェフを務め、その後は国内外の多数の土地を渡り歩いた。まさしく“旅する料理人”なのだ。

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▲同い年同士、異なる立場から“食”を生涯の仕事に決めた、大野尚斗シェフと農家の青木昭子さん。長く野菜を通じてつながっている二人だが、会うといつも話題は、料理の話ばかり

そんな大野シェフは、料理修業だけでなく食材を探す旅にも情熱と時間を費やし続けている。今や、どんな場所にいても自在に食材が手に入る時代なのに。
「野菜でも魚介類でも、人の手によって育てられたり収穫される食材というのは、生産者の個性やキャラクターを映します。アキさんの野菜もそう。海が近い農園なので、海藻や貝殻なども肥料に使うというだけあって、ここの土はミネラル分が豊富で。小ぶりでもパワフルで健やかな野菜が魅力的で、生産者に似ているなぁと思うんです。僕は料理の作り手として、食材のバックグラウンドをぜひ知っておきたい。食材が育った土地や“育ての親”と直に接することで、どんな料理に仕上げれば良いか、インスピレーションが湧いてくるんです」

耳を傾けていた青木さんもうれしそうに言葉を継いでくれた。というのも、彼女が作る野菜はほぼすべてがレストラン向けで、一般的には地元の直売所くらいでしか販売していない。常にプロのシェフの要望に応じて、また自らのパッションに従って“私が作りたい野菜を作る”を信条にしている青木さんにとって、このような言葉で自分の作品でもある野菜を評価してもらえるのは、最高に幸せなことなのだという。
「大野シェフはここに来ると、ずっとしゃべりっぱなし、そして野菜の味見をしっぱなし。楽しそうにずっと口を動かしている彼を見ていると、本当に料理のことで頭がいっぱいなのだなぁと感心してしまいます」

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▲この日の収穫物のほんの一部。10日もすれば獲れる野菜は少しずつ表情を変え、味わいもまた変化していくのだという

食材と料理。作る対象は違ってもかける情熱に際限なし

プロの料理人が使う野菜と、私のような一般消費者がスーパーマーケットなどで買う野菜に、そんなに隔たりがあるのだろうか? 思わず食いしん坊根性から疑問が湧き上がり、アキさんに聞いてみた。
「そんなに違わないような気もしますが、でも、作る過程から考えるとやはり違いますね」
曰く、大量に作って市場に卸し、どんな人々の口に入るか具体的には生産者にはわからないのが一般的な野菜。アキさんは一年を通じて何十種類もの野菜を育てるが、どれもかなりの少量生産だ。レストランのトレンドや、時にはシェフのオーダーに応じてサイズ感や味わいに至るまでコントロールして作ることもあるという。しかも、生産方法では常に何かしらの実験を試みており、くる日もくる日もその仕上がりに情熱を注ぎ続けている様は、なるほど、シェフが料理を作る姿勢と通じるものがある。
「レストラン巡りが好きなフーディーは、店で皿に向き合い、ようやくその好奇心を完結させるのですが、料理人稼業はその先の、食材の生育過程に至るまで好奇心は果てることがない。ハードな仕事に魅せられてしまいました」と、大野シェフが言葉を重ねてくれた。

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▲いすみの海を背景にステルヴィオを走らせる大野シェフ。幼少時から愛着のあるアルファ ロメオだけに、ステアリングを持つ手も軽やかだ

永遠に終わらない旅の原点にアルファ ロメオがあった

新型コロナウイルスに全世界が翻弄された2020年だったが、大野シェフの日常はそれほど変わらないままに過ぎていった。1年の何分の一かを海外で過ごすのが常だったが、今年は5月にペルーから緊急帰国して以来、ずっと日本に。しかし、食材や生産者との出会いを求める旅は続けている。旅とはいったい、どんな存在なのだろうか。
「僕の両親は、二人とも若い時から世界各地を放浪していたバックパッカーでした。そのため、旅は我が家にとっては日常で、幼い頃からいろんな場所に連れて行かれました。当時、父親はアルファ ロメオのスパイダーに乗っていて、僕の旅の記憶はこの車と共にスタートしています。高校を卒業し、福岡のレストランで修業を始めたんですが、2年経つ頃にはもっと広い世界を見たくなってアメリカの料理大学へと旅立ちました。卒業してシカゴの三つ星レストラン『アリネア』で修業をしましたが、そこを辞めた後もずっと、旅してばかり。“包丁一本晒に巻いて”という有名な昔の歌がありますが、本当に包丁一本をバックパックに詰めて、世界中を回りました」

E0A1529 世界中で得た旅と味の記憶を、皿の上に表現し続けて。 大野尚斗シェフが作る“インクルーシブな料理”とは?
▲海産物は、いすみ市の大原漁港近くにある『丸大水産』で入手。活きの良い伊勢海老とはまぐりを見つけた頃、ラベンダー色の夕暮れがやってきた

“料理界のハーバード大学”と呼ばれる厳しい調理師学校で、あるいはその後働いた、世界一厳しくキツいとも言われるシカゴのレストラン『アリネア』の厨房で、大野シェフはどんなことを吸収してきたのだろう?誤解を恐れずに言えば、料理人にとって自分の城、すなわちレストランを開業したいと思うのであれば、もっと近道はあったのではないかとも思える。いくつかの国、いくつかの店で修業する料理人は今や数多くいるが、大野シェフの経験数はおそらく群を抜いて多いからだ。
「なぜでしょう。自分でも、旅をしたい、味を確かめたい、シェフに直にあって話をしてみたいという欲望を抑えることができないんです。料理の技術は学校や本からでも学べますが、その先にある幾多の“センス”を感じるというのは、旅をしたり実際に働いたりしてみて初めて体験できること。膨大な感動の蓄積が今の僕の情熱を作り上げており、ようやくそれを自分の店で表現したいと思えるようになってきました」
いすみ市での食材入手の旅を終え、今回の料理をどのような設計図のもとに仕上げるか、すでに大野シェフの頭の中にはたくさんのデッサンが描かれているようだ。

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▲食材と対峙しながら料理を仕上げていく大野シェフ。楽しそうだが、時折見せる厳しい表情がとても印象的だった

出会いや気づき、感動と情熱。すべて包括する一皿を目指して

いすみ市への旅から数日後、都内にある小さな厨房に大野シェフの姿があった。真っ白なコックコートに身を包み、丁寧に下処理を施しているのは、『ファームアキ』から届いたばかりの野菜類やエディブルフラワーだ。
「あの日の風景や僕の思いを、そのまま皿の上に表現しますね」と約束してくれた大野シェフ。一つ一つの食材の風味を確かめるように包丁を入れていく様子は、緊張感もあるがどこか楽しそうだ。
「シカゴの星付きレストランの厨房は終始無音で、ペンを落としただけでも怒られるような緊張感が漂っていました。今年の春先に働いた、スターシェフがいるペルーの店の厨房は、すさまじい音量で音楽が鳴り響いていて。料理にスタイルがあるように、その制作過程というのもシェフによって全然違うんです」
今日は、ズバリステルヴィオをモチーフに料理の内容を決めたという。手元に一冊のノートが置かれており、中をのぞかせてもらうとそこには、ステルヴィオのスケッチ(すごく上手かった!)の横に、仕上がりの料理がイラストと共に詳細に描かれていた。

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▲最初の一皿『海底の畑』。「ファームアキ」で獲れた野菜をふんだんにあしらい、いすみ産のはまぐりから作る温かいヴィネグレットをソースがわりに添えた。農園の恵みをそのままシンプルに表現

意味のない飾りは入れない。すべてが料理に必然の要素

ため息が出るほど美しい野菜の一皿が出来上がった。「シンプルです。畑で見たそのままですよ」と大野シェフは謙遜するが、単なるサラダと呼ぶにはあまりにも奥が深すぎる。
「野菜の一つ一つが強いキャラクターを持っているので、それぞれに合う調理法を考えました。丸大水産のふくよかなはまぐりを、アンチョビと牛乳と共に温かなソースにして野菜にまとわせたら、最高だろうなと思って」
野菜が持つ五味を活かすべく、ソース自体には余計な要素は加えず、ソースを野菜にかけた後にビールの泡だけをスプーンでふんわりと添え、味わいにアクセントがもたらされた。

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▲二皿目『海層』。半生の状態に火を入れた伊勢海老のしっとりした身を、伊勢海老の頭から取ったアメリケーヌソースや菊芋のピューレ、カブのサラダと共に味わう旨味あふれる料理

二皿目が完成した。アルファ ロメオの象徴でもある赤を、伊勢海老や野菜で何度もリフレインしつつ表現した印象的な料理だ。伊勢海老ならではの圧倒的な旨味に、菊芋の甘みやカブの爽やかな食感を加え、伊勢海老という伝統的な食材がここまで多様にいろんな表情を見せてくれるということを実感させてくれる。
この日の料理を体験したのは、FCAジャパンのマーケティング本部長を務めるティツィアナ・アランプレセさん。大野シェフの料理を口にし、開口一番「彼の料理には、意味のない飾りは一つも入っていない。すべてが調和してハーモニーを奏でているようです。そしてそれはステルヴィオの精神そのもの。素晴らしい」と語ってくれた。

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▲大野シェフから料理の説明を興味深く聞く、ティツィアナ・アランプレセさん

あらゆる要素がインクルーシブに宿る。それが料理、それがステルヴィオ

クルマづくりと料理。一見、まったく相反する世界のようにも思えるが、大野シェフとティツィアナさんの会話を聞いていると、そこには驚くほど共通する哲学がうかがえる。
ティツィアナさんは何度か「アルファ ロメオは五感で感じられるブランド。車を機能だけで求めるのであれば、ただ走ればそれで良いのかもしれませんが、アルファ ロメオとはそういうものではないんです」と話してくれた。
“人を運ぶ乗り物”である以上、安心と安全はもちろんのことだが、走りの質や車のフォルム、インテリアのステッチひとつに至るまで、美意識や誇りといったエレメントがぎっしりと詰まっているのがアルファ ロメオ。数々の感動や気づき、情熱や美意識を表現しようと試みる大野シェフの料理とは、確かに共通点が多い。
人生は旅に似ており、モノ作りは料理に似ている。こんな単純で深い事実を、私は今回、食を通じて自らの世界を確立しようと奔走する若いシェフから教えられた。今、未曾有の出来事によって私たちは“本質とは何か”を自らに問う日々が続いている。そんな問いにヒントを投げかけてくれるものが、今回の料理に、あるいはアルファ ロメオの変わらないクルマづくりの姿勢には宿っているように思えてならない。

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PROFILE

大野尚斗/Naoto Ono

1989年生まれ、福岡出身。
バックパッカーだった両親の影響で、幼少時より旅が身近に。「料理界のハーバード大学」と呼ばれる「The Culinary Institute of Americaニューヨーク本校」を卒業後、シカゴの三つ星レストラン「Alinea」で部門シェフを務める。その後は世界各国のハイエンドレストランで修業を重ねる。日本帰国後も変わらず精力的に料理修業に励み、2018年からは赤坂の会員制レストラン「sanmi」でエグゼクティブ・シェフを務める。退職し、現在は自身の店の開業準備中。

PROFILE

山口繭子/Mayuko Yamaguchi

神戸市出身。
『婦人画報』『ELLE gourmet』(共にハースト婦人画報社)編集部を経て独立。現在、「食とライフスタイル」をテーマに、動画やイベントのディレクション、ブランド・新規レストランのコーディネートなどで活動している。近著に、自身の朝食をまとめたレシピエッセイ『世界一かんたんに人を幸せにする食べ物、それはトースト』(サンマーク出版)。

Text:山口繭子
Photos:久保田育男
Hair & Make:塩澤延之
Flower:梶谷奈允子

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