Be yourself 2021.08.20

社会を変える、価値ある一杯。神保町の焙煎所併設カフェがコーヒーで体現するインクルーシビティ

多様性に富むコーヒーの世界は、味もその楽しみ方もさまざまだが、SGDsへの意識が高まる昨今“飲むだけで社会貢献に参加できる美味しいコーヒー”と聞いて心が動く方は少なくないはず。しかもそれが、世界最高峰の焙煎機で焼いたロースタリーオリジナルブレンドとなれば、飲まない手はない。今、再開発により次世代へ向けた街づくりが進む・千代田区神田で、スペシャリティコーヒーを通じて福祉の革新に挑む『ソーシャルグッドロースターズ』を訪ねた。

緻密な手仕事が生み出す、芳ばしくもクリアな味わい

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歴史と文化に彩られた街、千代田区神田。なかでも長らく親しまれる名店が軒を連ねるこのエリアには、近年の再開発計画により神田スクエアをはじめとする新たなランドマークが続々誕生。円熟した伝統を礎に進化していく街は、さらなる賑わいを見せている。

靖国通りの裏手に位置する神田テラスも新しい街づくりを象徴として注目を集めているスポットのひとつ。このビルの2階に、スペシャリティコーヒーが飲めると話題のロースタリーカフェがある。2018年7月にオープンした、『ソーシャルグッドロースターズ 千代田』だ。

同店で楽しめるのは、看板商品のソーシャルグッド・ブレンドやチヨダ・ブレンド、コクのあるデカフェといった、手間を惜しまず美味しさを追求したオリジナルブレンド。手作業で選別した生豆を店内でロースト、複数人で焼き上がりや味わいが入念にチェックされる。ハンドドリップで抽出されたコーヒーは、豆本来の滋味深さと芳ばしさが際立つ豊かな味わい。

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▲ロゴマークに使用されているエチオピアの国鳥・ハシビロコウの鳥言葉は“待つ鳥”。スタッフの成長とコーヒーの美味しさに惜しみなく時間をかける同店のスタイルを示している。

そんなスペシャルな一杯を叶える緻密な手仕事の数々は、障がいのあるスタッフによって支えられている。ここ『ソーシャルグッドロースターズ 千代田』は、一般社団法人ビーンズと千代田区との協同で設立された、焙煎作業を行うカフェ併設の福祉施設なのだ。その設立背景について、同店プロデューサーであり一般社団法人ビーンズの代表を務める坂野拓海氏は、自身の経験をふまえてこう語る。

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▲一般社団法人ビーンズ代表・坂野拓海氏

「障がいを持った方たちとの交流が始まったのは、10年ほど前。当時、仕事で障がい者採用を担当していたのですが、普段障がい者と接する機会のない現場や上司からは、なかなか良い反応が返ってこない。国籍や、障がいの有無など、自分と違いがある方とのコミュニケーション方法がわからなければ、関わりを持つことに消極的になるのは当然です。それなら障がいがある方との接点を作ればいい、とボランティア活動をスタートしました。ボランティアと言っても主な内容は、障がい者と健常者が温泉やテーマパークへ一緒に遊びに行くこと。5年ほど続けて徐々にコミュニティも大きくなり、互いにいい影響を与え合えていると感じることもたくさんありました。その一方で、障がいのある子どもを持つ親御さんからは将来や仕事にまつわる不安を繰り返し耳にしていました」

障がい者雇用の職種の大半は、軽作業や清掃といったものだ。あらかじめ選択肢が絞られていること、障がいがあることで、やりがいやキャリア形成を望めない環境に身を置かざるを得ないこと。そしてその状況を受け入れるしかないと感じている親御さんの声に対して、坂野さんは「仕方がないですよ」とは答えられなかったという。

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▲焙煎所のシンボルは、ロースター世界大会にも使われる『GIESEN』の焙煎機。最高峰の機材を使った作業は、味わいとスタッフの将来の可能性をさらに拡げていく。

「厚生労働省の全国調査データによると、障がい者雇用の世界では1年のうちにおよそ半分の人が離職してしまうんです。その理由は、仕事がおもしろくない。周りの人が対等に扱ってくれない。障がい者の場合は最初から『あなたにはコレとコレ』と選択肢が決められている。一緒に仕事を探してまわるなかで、これは悪意のない差別だと感じました。仕方がないと受け入れてしまったら、それ以上は広がらない。だったら、自分たちで職場を作るしかないと。責任を持って福祉事業をやるにあたり行政や各所に相談にまわり、5年前に一般社団法人ビーンズを設立しました」

誰一人、取り残さない。福祉の理念をコーヒーで体現

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以降、個々の希望を聞き取り専門的でやりがいを追求できる職場を創ろうと、千代田区の協力を得て2018年『ソーシャルグッドロースターズ 千代田』がスタート。企画からオープンまでの準備期間は、なんと約3ヶ月。坂野氏自ら店舗図面を引き、最高峰の機材を揃えた。目指すは、スタッフとして働く利用者が誇りとやりがいを持ってスキルを磨ける環境づくり。時間はないが、迷いもなかった。

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普段健常者が立ち入る機会のない福祉施設を誰もが日常的に利用できるオープンな運営スタイルは、福祉事業所の既存イメージを大きくアップデート。“Leave No One Behind (誰一人、取り残さない) ”という福祉が掲げる理念を一杯のコーヒーを通じて体現する同店は、2020年度のグッドデザイン賞を受賞した。いちカフェとしても美味しさへの手間を惜しまない姿勢と社会貢献にもつながるオリジナルプロダクトが好評を博し、近隣のリピーターはもちろん名喫茶の多いエリアにあることからコーヒー通のあいだでは知られる存在へと成長を続けている。

一般的な福祉作業所において、キャリア形成という制度はなかったという。しかし『ソーシャルグッドロースターズ』では、個々の意欲や希望に沿って目標を設定し、長期的な視点で焙煎士やバリスタを育成するキャリア制度を導入。この日、ハンドドリップでソーシャルグッド・ブレンドとシーズナルのナツ・ブレンドを淹れてくれた岩瀬さんは、入所2年目。ゼロからコーヒーについて学び、今ではバリスタとして日々カウンターに立っている。岩瀬さんは、ここでの経験をこう語る。

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「お客さんの目の前でドリップしたコーヒーを美味しいと喜んでもらえることにやりがいを感じています。ここに通い始めてからは出来る作業も増えましたし、少しずつ穏やかになり職員さんとも話せるようになりました。一番印象深かった出来事は、みんなと一緒に『チャレンジ コーヒーバリスタ(障がいのある方たちのバリスタコンペティション)』に出場したことです」

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自慢の一杯は、「お客様の目の前で誇りを持って仕事が出来るように」との想いを込めて設計されたカウンターでオーダーごとにハンドドリップ。

味は当然のことながら、バリスタの美しい所作もコーヒーの価値を高める大きな要素だ。丁寧かつ真剣な眼差しで淹れられるコーヒーは、待ち時間からすでに心を満たしてくれる。多様性を重んじる『ソーシャルグッドロースターズ』では、各人微妙に異なる淹れ方へのこだわりも特徴のひとつ。リピーターの中には、お目当てのバリスタのコーヒーを楽しみに来店するお客さんもいるのだとか。ここで培ったスキルと自らの仕事が誰かの喜びにつながるという実感は、未来を描く材料としても十分だ。「超高層ビルの清掃員かバリスタになることです」と、将来について岩瀬さんは教えてくれた。

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価値ある仕事、そこには障がいの有無も性差も関係ない

“人を中心において、コーヒーを考える”の精神のもと、“Social Good”の輪を広げてきた『ソーシャルグッドロースターズ』。オープンからの3年を“最初から最後まで人のためだと言い切れる時間”と振り返る坂野氏は、同店の現在地を見つめたうえでさらなる可能性を明確に描いている。

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「私たちはビジネスのためにコーヒーを扱っているのではありません。目的は、関わる人が成長してハッピーになること。そのためにはビジネスの手法も使うし、福祉の制度も活用する。自分や仲間が成長することがゴールでいいんです。さらにその先でお客さんに喜んでいただけたり、コーヒーの世界にもビジネスの世界にも認められる未来があるというのは、とても幸せなことだと感じています。今後は、2023年を目標に鎌倉に旗艦店のオープンを計画しています。ここよりもさらに焙煎所の規模を大きくして、海外のフェアトレードの倉庫を併設する予定です」

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『ソーシャルグッドロースターズ』では、生産者や地域コミュニティの持続可能性を信念とするフェアトレードコーヒーサプライヤー『オリジンコーヒートレーダーズジャパン』とパートナーシップを締結。相場より高く継続的に生豆を仕入れることで生産地の生活と設備が豊かになり、質のいい豆が手に入る。そうした循環によって生まれたコーヒーを飲むことで、我々も気軽に社会貢献が出来る仕組みだ。そしてそのコーヒーを焙煎し淹れているのは、障がいのある人々。普段“支援される側”と見なされる彼らは、この壮大なサイクルの中で“支援する側”の役割を確かに担っている。

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最後に、「ここにしかない価値とは?」という質問に、坂野氏はこう答えてくれた。

「大事なのは、信じて任せること。もちろん簡単なことではありませんし、コーヒーとはなんなのか? 仕事とはなんなのか?って、みんないっぱい考えていると思うんです。その人が自分にとって働くことの答えを見つけるまで、苦しいながらも待つし、何年かかってもいいから一緒に考えたい。見つからないままここを辞める人ももちろんいます。だけど、コーヒーじゃなかったって気づけることも一歩前進じゃないですか。私も『やってみなよ』と信託されたからこそ、人を預かってこういった場所を運営出来ている。同じように、これから社会に出ていこうとしている方たちを信じて、その人の仕事を正しく評価すること。そこに障がいの有無や生まれも性差も関係ない。少なくともこの場ではそれをちゃんと伝えられるので、そこが『ソーシャルグッドロースターズ』にしかない価値だと思っています」

ダイバーシティの本質とはなにか、インクルーシビティの目指すべきビジョンとはどういったものなのか。それらを教えてくれるのは、ただここにある一杯の美味しいコーヒーなのだ。

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INFORMATION
ソーシャルグッドロースターズ 千代田

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住所 東京都千代田区神田錦町1-14-13 LANDPOOL KANDA TERRACE 2F
TEL 03-6811-0895
営業時間 10:00〜16:00
定休日 日曜
URL https://sgroasters.jp

Be yourselfすべての人々が、自分らしく生きていける社会のために

Text:野中ミサキ(NaNo.works)
Photo:高見知香

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