Car Life 2021.03.11

作家・甘糟りり子の『私のアルファ ロメオ物語』第3回〜アルファ 156 GTA〜

アルフィスタとして知られる人気作家・甘糟りり子氏が、現在までに乗り継いできたクルマとの思い出を紹介する全4回の連載コラム。第3回目は「ますます車が好きになって、運転を楽しく感じるようになれた」という『アルファ 156 GTA』の思い出について綴った。

今までさまざまなアルファ ロメオを乗り継いできたけれど、もっとも筋肉質だったのが『アルファ 156 GTA』だ。4ドアのスポーツセダンで、GTAにはエアロパーツが標準装備。エアロパーツとは速く走るためのアクセサリーで、車の印象をいかついものに仕上げる役目も果たしていた。車高が低いのも特徴だった。エレガントとは真逆の個性を放つ車である。

当時の私は三十代後半で、いろいろと迷っていた。初めての小説を刊行したものの、あまり売れなかった。年齢を重ねることは楽しくもあったけれど、若者ではなくなって、かといって中年というほどでもない自分の扱いに戸惑ったりもした。不満や不安はないものの、なんとなく人生がマンネリ化してきた気分というか。いや、人生なんていう言葉はまだ気恥ずかしい年頃だった。自分自身を少々持て余していた。

そんな時、仕事で156 GTAに試乗する機会があった。これだ!と思った。うろうろしていた私を仕切り直してくれるのは、これしかない。そう直感し、長いローンを組んで車を買い替えた。色は黒。かなり威圧感のあるルックスだ。この一台はまだまだ守りになんか入らないという自分なりの決意である。
久しぶりのMT=マニュアルトランスミッション車だった。

車の専門家でもない私が説明するのもおこがましいけれど、ガソリン車はさまざまな歯車がかみ合わさってエネルギーを生み出し、それが車輪に伝わって車体を動かしている。歯車の種類や組み合わせにはいくつかの段階があって、スピードに合わせ運転する人が手動でそれを変えて車が動く。変える際はクラッチペダルを踏んで、歯車の組み合わせをいったんチャラにしなければならない。そのタイミングがずれると、いわゆるエンスト(エンジンストップ)をする。私の頭の中にはいろいろな大きさの歯車がかみ合わさったり離れたりする映像があるのだが、現物を見たことはない。免許を取った時、教習所で何度もエンストしているうちに、いつの間にか映像でイメージが出来上がった。

免許を取って最初に乗ったのはMT車だった。車好きならオートマ車とMT車の選択で迷う時代だった。ちなみにこの頃パワーステアリングは贅沢品で、車種によっては腕が筋肉痛になるぐらい重たいハンドルもあった。

初めて車を所有した時は嬉しくて、毎日のように車に乗って出かけた。車を動かす度に、歯車が噛み合ったりチャラになったりしているのを感じた。理論ではなく体感でそれを知った。

先日、つき合いの長い年下の友人と彼女が免許を取った時の話になった。私がこんなことをいったそうだ。
「オートマ限定の免許なんてダメ。危ないよ。マニュアルで取り直さなきゃ」

はっきりした記憶はないが、いかにも私がいいそうなことだ。私の本心だから。運転するのがMTでもオートマでも、車がどうやって動くのかを身体で実感しておいた方が安全だと思うのだ。

こうした感覚は自動運転が現実味を帯びてきて、電気自動車のシェアが伸びてきている今となっては、古い時代のものかもしれないけれど、マニュアルで車を動かす経験を知らない人はかわいそうだと思う。安全云々だけではなく、MT車には“自分で車を動かしている”実感がある。
156 GTAはそんな車の醍醐味を存分に味わわせてくれた。

ハンドルやシフト、クラッチを操るとギア・ボックスから歯車の一つ一つの動きが伝わってくる気がした。ある夜、私は都内から自宅のある鎌倉に向かって首都高速から横浜横須賀道路に入った。FM放送を聞いていた。電波が安定していないせいか、ダンサブルなヒット曲が時々雑音に変わる。雑音の合間合間にエンジン音が聞こえる。それはまるで楽器のようだった。私はカーラジオを切った。窓の外の景色が飛び散っていく中、エンジン音に背を押されるようにアクセルを踏んだ。何かが起こったわけでもないし、ほんの数分間だったけれど、あの時間の記憶はいつまでも鮮明だ。ますます車が好きになって、運転を楽しく感じるようになれた。そんなこんなで私は四十歳を過ぎた。

いかつい見かけの車は高速道路で抜かれざまに運転席を凝視されたり、ガソリンスタンドで声をかけられたりもした。車に興味を持って話しかけられても、私が正確なスペックさえあやふやで、あからさまに不機嫌になられたこともある。こうした車を運転しているのは、精通した人に違いないとみんな思うらしい。
なかなか不便な車でもあった。だんだん世の中ではオートマ車が主流になっていて、遠出をしても誰かに運転を代わってもらうのがむずかしかった。車高が低いがゆえに立体駐車場では断られることも少なくなかった。ローンが終わるとほぼ同時に手放した。
手放す時にさびしさはあったけれど、横浜横須賀道路での数分間を思い出すと納得できた。手放すために手に入れた一台だった、という気もする。

プロフィール

甘糟 りり子(あまかす・りりこ)

作家
1964年横浜生まれ。3歳から鎌倉在住。
都市に生きる男女と彼らを取り巻く文化をリアルに写した小説やコラムに定評がある。
近著の『産む、産まない、産めない』は版を重ねるほどに話題に。
そのほか『産まなくても、産めなくても』など現代の女性が直面する岐路についての本や、食に関する『東京のレストラン―目的別逆引き事典』、鎌倉暮らしや家族のことを綴ったエッセイ『鎌倉の家』など、著書多数。

公式ブログ:https://ameblo.jp/ririko-amakasu/

Twitter:https://twitter.com/ririkong/

note:https://note.com/ririkong

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Text:甘糟りり子

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