Car Life 2021.05.12

作家・甘糟りり子の『私のアルファ ロメオ物語』第4回〜ジュリエッタ〜

アルフィスタとして知られる人気作家・甘糟りり子氏が、現在までに乗り継いできたクルマとの思い出を紹介する全4回の連載コラム。最終回となる第4回目はナンバーを亡きお父様の誕生日にしたという、特別な思い入れのある『ジュリエッタ』の思い出について綴った。

10年近く前、当時乗っていた『アルファ 156 スポーツワゴン』のエンジンルームから度々不気味な音がした。一度ディーラーに出さなければと思いつつ、不具合が出たわけではないし、毎日あわただしくてつい先延ばしになった。  

父が寝たきりになってしまい、身の回りの世話を母と交代で行っていた。かかりつけの医者は「父上の最後の時間を充実させてあげてください」という。もうベッドから起き上がって前のように普通に生活に戻ることはないとのことだった。家ではなるべく明るくいるように務め、溜め込んだ涙を流すためによく一人で車を運転した。昔のドラマか何かで「涙は心の汗だ」とかなんとかいう台詞があったけれど、ひとしきり泣くとそれなりの気分転換になった。  

父を最後にこの車に乗せたのはいつだっただろう、もう父と一緒にドライブすることはないのだろうか。あの日、そんなことを考えながら車を走らせていた。すると、例の奇妙な音だけではなく、何やら焦げ臭い匂いもする。すぐディーラーに電話をして、その日のうちに車を修理に出しに行った。中古で買ったもので、かなりの距離を走った車である。大きな故障をしてもおかしくはない。代車を出してもらって、車を預けた。  

父が亡くなったのは、その翌日だった。自宅で看取った。母は呆然としたままだったので、近所に住む伯母に手伝ってもらいながら、葬儀の手配をした。  

通夜の直前、ディーラーから、もうダメだと連絡が入った。いろいろ調べてみたところ、エンジンの大切なところが完全に壊れているとかで、仮に修理をするとなるとものすごい値段になる、とかなんとか。悲しさと忙しさで詳細はよく覚えていない。

156 スポーツワゴンは私のところに戻ることなく、そのまま廃車となった。ディーラーの配慮で、しばらくの間、代車を借りて生活した。  

やっと新しい車を選ぶ気になったのは、それから少し後のことだ。

私の車選びはいつも衝動優先だが、今度の車こそ長く乗りたいと思い、いつもより慎重になった。乗り降りはしやすいか、荷物は積めるか、運転はしやすいか。『アルファ ロメオ ジュリエッタ』も候補の一つではあったけれど、父を亡くし、一緒に暮らす母の老後を快適なものにするためにより実用的な車を選ぶつもりだった。  

それまで、5台のアルファ ロメオを乗り継いだ。その時々の状況と気分の結果だが、グレー、ガンメタリック、黒、チャコールグレー、紺色。地味な色の方がアルファ ロメオの流線形が映えると思っていた。

アルファ ロメオに乗っているというと、しょっちゅう「赤?」と反応された。

かつてモータースポーツにおいては、国別に色を割り当てられていた。イタリアのナショナルカラーは赤で、それゆえにアルファ ロメオなどのイタリア車は赤をイメージされることが多いのだ。私たち日本人からすると、開放的で情熱的というイタリア人の個性と赤がきれいに重なるのかもしれない。

何より、アルファ ロメオの赤は発色が美しい。はなやかで深みがあってファッショナブルな色なのだ。だからこそ、それまで自分の選択肢にはなかった。赤いアルファ ロメオにチャラチャラした格好の中途半端な年齢の私が乗り込むところを想像すると、照れくさくて。あまりにも想像通りでつまらない気もした。

そんな私にディーラーの方がささやいた。

「レッドの限定色もご用意できますよ」

まあ選ばないだろうけれど、限定色というので記念に試乗させてもらおうと思った。運ばれてきた車の赤のその色に、私は心を奪われた。無数の細かいキラキラが埋め込まれた赤は、悲しみを携えた色といったらいいだろうか。決して明るいだけではない、きちんと涙も染み込んだ赤なのだ。  

シートのレザーはタンカラー。革本来の色だ。健康的な質感はボディのメタリックなレッドを際立たせてくれる。エンジンをかける前にこの車に乗ろうと決めた。

私はまたもや衝動で車を選んでしまった。

初めて“赤いイタリア車”を手に入れた。前の車と父の命が終わったのがほとんど同時だったから、新しい車を生まれ代りのように思った。ナンバーは父の誕生日にした。覚えやすいのもよかった。

メタリックなレッドのアルファ ロメオ ジュリエッタを乗っている間に、私は五十代になった。もう中途半端な年齢ではなく、気恥ずかしいと思っていた“赤”がいつの間にかしっくりくるようになっていた。これからも、自分の衝動に振り回されながら生きていくのだろう。私は。

プロフィール

甘糟 りり子(あまかす・りりこ)

作家
1964年横浜生まれ。3歳から鎌倉在住。
都市に生きる男女と彼らを取り巻く文化をリアルに写した小説やコラムに定評がある。
近著の『産む、産まない、産めない』は版を重ねるほどに話題に。
そのほか『産まなくても、産めなくても』など現代の女性が直面する岐路についての本や、食に関する『東京のレストラン―目的別逆引き事典』、鎌倉暮らしや家族のことを綴ったエッセイ『鎌倉の家』など、著書多数。

公式ブログ:https://ameblo.jp/ririko-amakasu/

Twitter:https://twitter.com/ririkong/

note:https://note.com/ririkong

re20200731_qetic-alfaw-0147 作家・甘糟りり子の『私のアルファ ロメオ物語』第4回〜ジュリエッタ〜

Text:甘糟りり子

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