Heritage 2020.04.30

連載第5回(最終回)/松本 葉の『アルファ ロメオに恋してる』

第5回(最終回) 波乱万丈な歴史と、その歴史にあって自我を押し通したアルファ ロメオ

※『ENGINE Web』に掲載されている内容を一部改変して転載したものです。

これまで4回にわたってアルファ ロメオが内包する多くの物語を、エンブレムからはじめ、タイムライン、ビューティ、スピードと同社のミュージアムの区分けに沿って辿ってきた。語り部は3人の強烈なアルフィスタたち。もちろん彼ら以外にもこの国には星の数ほど“アルファを語る人々”がいる。

この連載をスタートしてすぐFCAとPSAの合併統合のニュースが飛び込んできた。このとき驚いたのは、(ニュースの中身より)市井の人々の反応である。何事にも一言いわずにはいられないイタリア人の性格を象徴するかのように、この統合についてもネット上に多くのコメントが飛び交った。賛成派、反対派、歓迎して止まない人、絶望して泣く人、喜んだり悲しんだりリアクションはさまざまながら、アルファ ロメオに関してだけは派閥を超えたコンセンサスが読み取れた。それはこんなものである。
「俺たちのアルファをぞんざいに扱ったら許さないからな」
イタリア人にとってアルファ ロメオとはこういう存在なのだと思う。「我がこと」である。国民が我がことと捉える自動車を世に送り出してきた、それがアルファ ロメオなのだろう。

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▲戦後、1951年から1954年に掛けて政府からの要請を受けて開発された軍用車両の4輪駆動車、1900M。軍用はAR51、民生用はAR52のコードネームを与えられていた。

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▲1960年代初頭に登場した初代ジュリアは、先進的な内容で大ヒットを飛ばし、後継モデルは1970年代半ばまで現役モデルであり続けた。戦後のアルファ ロメオを代表する名車だ。

3回目のコラムでは同社にとって黄金のパートナーであるザガートを取り上げたが、心に残ったのは3代目として老舗デザイン会社を率いるアンドレアの「ミラノでしか生まれなかった自動車」という言葉。8C、4C、現行ジュリアのスタイリングを手掛けたアレッサンドロ・マッコリーニを思い出した。生粋のミラノ人の彼は、現在トリノにあるFCAのデザイン・センターに勤務するが、毎日自宅のあるミラノから通勤している。ミラノ—トリノ間は直線距離で147km、クルマで2時間、特急を使えば1時間。しかし、この距離と時間ならラクラク、というわけにはこの国ではいかない。冬場の高速道路はしばしば牛乳みたいな深い霧に見舞われ、ストだ、故障だと電車はしょっちゅうストップする。何より小都市国家の集合体であるイタリアでは職住近接が一般的。ミラノに住んでトリノの職場に通うなど異例中の異例といえる。どうしてそんなことをするのか? 答えはシンプル。彼いわく「アルファ ロメオをデザインするにはミラノの空気を吸っていなければならないから」

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▲1980年代も終わろうとする頃、アルフェッタのトランス・アクスル・ドライブトレインを使って作られたSZ(ES30)。その異様な迫力を見せるスタイリングで、イル・モストロ(=怪物)の異名をとった。生産を担当したのはザガート。

アルファは生まれた大地に強靭な根を埋めている。太い根を持つ樹木はへこたれることがない。灼熱や寒波に萎れることはあっても、根の中に蓄えられた力が再び樹木を蘇らせる。アルファ ロメオの根に蓄えられるのは、技術力である。こう語ったのは4回目に登場を願った内田盾男さん。半世紀以上にわたってトリノで自動車製作に携わる日本人のアルフィスタは、経営が傾いて国営企業になった時でさえ、スポーツカーを作り続けたアルファについて「こんな自動車メーカー、他にありますか?」と問うたものだった。彼の話を聞きながらエンツォ・フェラーリの言葉を想った。

「アルファの技術を以ってすればハエの手袋だって作ることが出来る」

金言を教えてくれたのは2回目にインタビューしたアルファ ロメオ・ミュージアムの館長だ。内田さんから話を聞いた後、彼に電話で連絡を取った。「手袋」と聞いたときは漠然としかイメージしなかったが、それは具体的にどんな技術なのか、気になったのである。

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▲北米市場復帰を幾度となく試みてきたアルファ ロメオが、再上陸の露払い役を意図して開発した2座ミドシップ・スポーツカーの4C。2013年に登場。

受話器の向こうから思いもよらぬモノの名前が飛び出した。館長が「例えば」と挙げたのは家庭用オーブン。自動車販売が激減した第二次世界大戦中、国営企業として従業員の生活を護らなければならなかった同社は、航空機エンジンから窓用シャッターまで多くの“自動車以外のモノ”を製作した。そのひとつが、(この国で今も一般的なスタイルの)ガス台とセットになった家庭用オーブンという。アルミ製深鍋も一緒に作られたらしい。プロジェクト・ナンバーはタイプ19.51/41。100台あまり生産されたようで、それぞれにシャシーナンバーが記されていた。まるで自動車である。

「モデルごとの技術のディテールなんて分からなくてもいいんですよ。アルファ ロメオと聞くと“イメージ”が浮かぶでしょ。そのイメージは走ってかっこいいクルマ。これがアルファなんですよ」

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▲これがアルファ ロメオ謹製の家庭用高性能オーブン。現存する数はきわめてすくなく、コレクターズ・アイテムになっている。

実際、デザインも設計も自動車製作と同じメンバーで行われた。年代的に言って後に同社を率いることになるエンジニア、オラツィオ・サッタ・プリーガも参加しているはずだ。このオーブンの特徴は最高加熱温度が350度だったこと。驚いてしまった。自分がオーブン料理をするときのマックスは240度程度だ。家庭料理で300度以上を必要とするものなんてあるのだろうか。館長が笑いながらこう言った。
「つい“飛ばして”しまったのではないでしょうか。オーブンも自動車も同じスタンスで製作されたのだと思います。スピードに代わって温度を追求したのでしょう。アルファらしいと僕は思うな」
セットの深鍋に10度の水を入れガス台に載せて点火すると10分で沸騰、火から下ろした後も33分間、100度が保たれたという。14時間後も湯の温度は40度、お風呂並みの熱さだ。この“性能”がセールスポイントだった。

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私にとってアルファ ロメオはおしゃれなクルマではない。かっこいい自動車だ。初の生産車、24HPから現代のジュリアステルヴィオにいたるまで、すべてのアルファ ロメオはスタイリングも技術もおしゃれというよりかっこいいと思うのだが、なによりこう感じるのは波乱万丈な歴史と、その歴史にあって自我を押し通したから。その頑丈さがかっこいい。強く惹かれる。作り手の顔が見えることも、多くの人間ドラマに包まれているところも、とても好きだ。私は遅咲きのアルファ ロメオ・ファン。遅く咲いた分、これからずっとアルファ ロメオを愛し続けていくと思う。

PROFILE

松本 葉(まつもと・よう)

自動車雑誌「NAVI」の編集者、カーグラフィックTVのキャスターを経て1990年、トリノに渡り、その後2000年より南仏在住。自動車雑誌を中心に執筆を続ける。著書に、「愛しのティーナ」(新潮社)、「踊るイタリア語 喋るイタリア人」(NHK出版)、「どこにいたってフツウの生活」(二玄社)、「私のトリノ物語」(カーグラフィック社)ほか、「フェラーリエンサイクロペディア」(二玄社)など翻訳を行う。

Text:松本葉
Photos:Alberto Cervetti/アルファ ロメオ/ENGINE archive
制作:ENGINE編集部

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