Heritage 2020.11.11

作家・甘糟りり子の『私のアルファ ロメオ物語』第1回〜164〜

アルフィスタとして知られる人気作家・甘糟りり子氏が、現在までに乗り継いできたクルマとの思い出を紹介する全4回の連載コラム。第1回目はアルファ ロメオとの出会い、そして甘糟氏にとって初めてのアルファ ロメオであり、一目で運命的なものを感じたという『164』について綴っていただいた。

3-3-147-1 作家・甘糟りり子の『私のアルファ ロメオ物語』第1回〜164〜
▲164

私が最初に所有したアルファ ロメオは164
二十代も後半に差し掛かった頃だ。ミドルクラスのセダンなのに、佇まいにはスピード感が張り付いていた。今にも走り出しそうな、というより、そこにあるだけで走っているみたいだった。色はメタリックのグレー。車を見に行って10分くらいで決めた。

十九歳で免許を取ってから、しょっちゅう車を買い換えていた。たいてい輸入車の中古ばかりで、短い時は一年くらいで次の車になった。車は生産した国の文化を現しているというのが持論で、海外旅行に行くような気分で次々と新しい車に手を出した。若かったし仕事が楽しかったので寝る間も惜しんで働き、稼いだお金の大半は車とガソリン代に消えていった。

そんな私に、友人から、アルファ ロメオを手放したがっている人がいると連絡があった。
そういえばイタリア車にはまだ乗ったことがないな、と思った。免許を取ってすぐに乗ったのはドイツ車だった(運転免許の試験場に持ってきてもらい、免許取り立てで高速道路を運転して帰宅した)。その後はイギリス製のスポーツカー、スポーツカーがあまりに壊れるので国産車、国産車はまったく故障しなかったけれどちょっと退屈して、またドイツ車に戻ったりもした。当時は威圧感のある、大きなアメリカ車に乗っていた。バブル真っ盛りの頃である。

私はアルファ ロメオ164を一目で気に入った。ハンドルを握って車体を動かす前に、勝手に運命的なものを感じた。あのエンブレムに心を奪われたのだ。心を乱された、というのが正しいかもしれない。

丸いエンブレムの左側には赤い十字架、右側は人を食べている蛇。なんだ、これ?と心の中でつぶやいた。試乗のために運転席に座った私はイグニッション・キーを回すのも忘れて、しばし見とれていた。このエンブレムにはすごい物語が収まっている気がした。ちなみに、昔は鍵穴に鍵を差し込んで回すとエンジンがかかるという仕組みで、これをイグニッション・キーという。

後からエンブレムについて調べてみたら、赤い十字架はミラノ市の紋章、人を食べる蛇はかつてミラノ市を統治していたヴィスコンティ家の紋章で、その二つを組み合わせたものがアルファ ロメオの証だった。映画監督のルキノ・ヴィスコンティもこの一族である。亡くなった父が大のヴィスコンティ好きで、正月になると『ルートヴィヒ』や『地獄に堕ちた勇者ども』、『ベニスに死す』なんかを観るのが習慣だった。父が亡くなった今でも、正月にはヴィスコンティを見たくなる。エンブレムの由来を知って、さらに惹かれた。

二つの紋章を囲むように『ALFA ROMEO』と入っている。これに自分の名前『AMAKASU RIRIKO』を重ねて、うっとりした。今思うと、我ながらちょっと怖い。

164がそれまで所有した車のどれとも違うのは、エレガントな雰囲気である。車とは“走る”ためのものではなくて、“早く走る”ためにあるものだと思っていたので、それが目で判るデザインが好きだった。もちろん164もじゅうぶんスピードを感じさせる形をしているのに、これ見よがしに早そうではない、といったらいいだろうか。同じ感度の人だけがわかればいいという姿勢には大いに影響された。

実際に、ハンドルを握ると、運転する側を解放してくれるような乗り心地だった。私はアルファ ロメオのこの醍醐味を味わうために、短期間でいろいろな車を乗り継いでいたのかもしれないと思った。

三十年近く前、あの頃はまだ“イタリア車は扱いにくい”というイメージが強くて、アルファ ロメオに乗っているのはイタリア車マニアの男性がほとんどだった。行く先々でアルファ ロメオ同士がすれ違うと、短くクラクションを鳴らして挨拶をし合う。最初は、ナンパかな?と戸惑ったけれど、私もそれほど時間がかからずに自然とクラクションを鳴らすようになった。この個性をわかってくれる人が見つかった、という喜びの表現としてのクラクションなのだ。

扱いにくいのは事実だった。故障もした。でも、困った経験があると、その度に愛着が増す。困難によるいらだちより、運転席に座った時の高揚のほうが上回った。

そんな話をしていたら、自動車雑誌の関係者がおもしろがってイタ車乗りが集まる喫茶店に連れていってくれた。その店は代官山にあった。代官山がまだ一部の人たちのものだった時代である。

喫茶店だけれど、紹介制というか会員制のようなもので、店の存在を知っている人しか来ていないように思われた。客はみんな男性。“イタリア車でいかに困難な目にあったか”を自慢し合っていた。知らない単語が飛び交い、中には信じられないほど極端なエピソードもあった。初心者の私に親切な人もいれば、女の私がいることを不思議がる人もいた。濃くておもしろい時間だったけれど、足を運んだのは結局あの一回きりになってしまった。まだあるのだろうか。もう一度行ってみたい。

メタリックグレーの164は知り合いの間ですっかり私のシンボルと化した。レストランやカフェ、クラブの前にグレーの164が止まっていると、知り合いは何の疑いもなく私の車だと思い込み、私がその店にいたことになる。たまたま行く先々164が止まっていて、ある時期から「アマカスは3人いる」という冗談が流行ったことがあった。
しょっちゅう車を買い替えていた私が164にはずいぶん長く乗った。6〜7年は所有していただろうか。個性というものはわめくものではない、後から気づかれるもの。あの車にはそんなことを教えてもらった。

プロフィール

甘糟 りり子(あまかす・りりこ)

作家
1964年横浜生まれ。3歳から鎌倉在住。
都市に生きる男女と彼らを取り巻く文化をリアルに写した小説やコラムに定評がある。
近著の『産む、産まない、産めない』は版を重ねるほどに話題に。
そのほか『産まなくても、産めなくても』など現代の女性が直面する岐路についての本や、食に関する『東京のレストラン―目的別逆引き事典』、鎌倉暮らしや家族のことを綴ったエッセイ『鎌倉の家』など、著書多数。

公式ブログ:https://ameblo.jp/ririko-amakasu/

Twitter:https://twitter.com/ririkong/

note:https://note.com/ririkong

re20200731_qetic-alfaw-0147 作家・甘糟りり子の『私のアルファ ロメオ物語』第1回〜164〜

Text:甘糟りり子

POPULAR