Creativity 2019.04.26

福井にめがね産業を生んだ、MASUNAGAという名のマスターピース

めがねの国内生産シェア90%以上を誇る福井県。その福井県においてめがね産業を興した『MASUNAGA』(増永眼鏡)。その品質の高さから、昭和天皇献上品にもなったブランドのプロダクツとしての魅力、そしてめがねに対する哲学やグローバル戦略について、マーケティング室・室長を担当する野原弘道氏に伺った。

めがねの国内生産シェア90%以上を誇る福井県。一般的には“鯖江”という地名が有名かもしれないが、そもそも福井県でめがね産業を興した『MASUNAGA』というブランドをご存知だろうか? そこで今回は、アルファ ロメオ同様、時代を超えてマスターピースを生み出し続けるMASUNAGAのめがねに対する哲学やプロダクツとしての魅力、グローバル戦略などを、増永眼鏡株式会社でマーケティング室・室長を担当する野原弘道氏に伺った。

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村おこしとして始まった始祖・五左衛門のめがね作り

今年2月イタリアミラノにて開催されたアイウェアの国際展『MIDO2019』にも多数の日本ブランドが出展し、市場を拡大している日本のめがね産業。その中でも福井県は日本随一のめがね産地として知られ、伝統を受け継ぐ職人たちの匠の技によって作られる逸品は著名人をはじめ愛好家が多く、さらにその評判は日本を飛び越え、世界中で高い評価を受けている。

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▲品番:GMS-14

国内外問わず認知されるようになった福井のめがね。ただし、どんな文化や芸術にも“始祖”が存在するように、福井のめがね産業にも同様の存在がいる。それは今から100年以上も前、日露戦争の国内特需に沸く日本の時勢を横目に、福井の地でめがね作りを始めた増永眼鏡の創業者・増永五左衛門のことだ。

「福井でめがねを作り始める前、日本でめがねを作っていたのは東京と大阪でした。戦国時代に鎧や甲冑を作っていた人たちは手先が器用だったため、その技術を生かしてめがね作りをしていたんです。そもそも、福井県でめがね作りを始めるきっかけは村おこしでした。今から100年以上前に、村が過疎化することを危惧していた創業者の増永五左衛門がさまざまなことにチャレンジした結果、最終的に辿り着いたのがめがね作り。もしほかの産業が先に成功していたら、今のように福井でめがね産業が定着することは無かったと思います」

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雪深く、しかも田畑の少ない土地で生きる人々の生活水準を上げるために五左衛門が考えた起死回生の策がめがね作り。五左衛門は大阪から職人を呼び寄せ、村で手先の器用な若者たちに習わせた。そして彼らは“増永一期生”と呼ばれ、その後、福井の地においてめがね作りを先導していくこととなる。

「増永一期生の下にも弟子たちがいて、彼らが西洋のギルド制にも似た帳場制と呼ばれる制度によって互いの技術を磨き合っていきました。帳場制とは、班ごとにめがねを作ってそれらを互いに品評し、一番良いものを五左衛門が買い上げるというシステム。その意味で言えば、五左衛門はめがね作りのプロではなく、ファウンダーなんですね。場所と材料を提供し、実力が付いたらどんどん独立させていく。そうして福井でめがね産業が形成されていきました」

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昭和天皇献上品に宿る“Handmade in Japan”の精神

増永眼鏡の歴史において、欠かすことのできないエピソードがある。それは、“昭和天皇献上品”。1933年9月、昭和天皇が福井の地に訪れた記念に五左衛門はめがねを献上した。このエピソードは、増永眼鏡が当時すでに確固たる信頼と評価を得ていたことを物語っていると言えるだろう。

「当時、職人たちは毎朝出社するとまず禊をして、白装束に着替えてから工房に入っていたそうです。そのころは天皇が現人神(生きながらにしての神)と崇められていた時代。もし何かの手違いで粗相をしてしまったら、切腹するぐらいの覚悟で職人たちはめがね作りに臨んでいたのでしょう。そして工房は神聖な場所と捉えられ、五左衛門も立ち入れなかったと言い伝えられています」

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増永眼鏡は2005年に創業100周年を迎えるにあたって、昭和天皇献上品のリメイクにチャレンジした。そのモデルが『G.M.S.(Gozaemon Masunaga Spectacles)』。現代の素材と最先端技術を用いて表現することをテーマに、18金とβチタンの接合技術の開発に取り組んだ。ただし、耳に巻きつく繊細かつしなやかな“縄手”と呼ばれる部分の開発を始め、復刻のプロジェクトは困難を極めた。

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「最新の技術を用いても、その細さ、繊細さでめがねを作ることは開発当初、実現不可能でした。当時はすべての工程を手作業でこなしていたのですが、それを機械でやろうとすると逆に無理が生じてしまうんです。縄手の部分だけでも、100周年より1年半ほど遅れて、2007年にようやく完成しました」

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▲上段左から品番GMS-999・GMS-999B、下段GMS-999D

増永眼鏡は「“Made in Japan”ではなく“Handmade in Japan”でなければいけない」という言葉を標榜している。G.M.S.プロジェクトは、奇しくもその言葉の本当の意味、そして先人たちの技術の偉大さを立証することとなった。

さらに、復刻したG.M.S.のオーナーからの「天皇献上品、そのままのデザインのめがねが欲しい」という要望から誕生したのが『GMS-999シリーズ』。極度に細い溝の生成、金の蝋付け、希少なセルロイドの確保といったミッションをクリアしていく先に、“999=これ以上先はない限界点”を意味する作品を生み出すことに成功した。

増永眼鏡のクオリティは、どこと比べても負けない

10年以上前に増永眼鏡に入社した野原氏。それ以前もめがね業界で働いていたが、マーケティングではなく、メーカーに企画を提案し、発注する側の人間だったという。

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「発注する側だった時代は、難しい依頼内容だといろいろなメーカーにやはり断られることも多かったのですが、最終的に増永に企画を持って行ったときに引き受けてくれた。しかも、制作に時間が掛かったとしても、“納得いくものができるまでやりましょう”と言ってくれたんです」

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▲品番:GMS-198T

作りたいめがねを作れるーー言葉にすると単純だが、めがねというベースとなる形や素材がある程度決まった制約の多いプロダクトにおいて、それは簡単なことではない。だが、それに対して増永眼鏡は会社として掲げる“社是”で、

当社は、良いめがねをつくるものとする。
できれば利益を得たいが、やむを得なければ損をしてもよい。
しかし、常に良いめがねを作ることを念願する。

と、自分たちのものづくりの理想を人間味あふれる言葉で伝えている。

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「良いめがねを作るにあたって、伝統的な手作りの部分は、今でも色濃く残っています。例えば制作するに当たって、実際はデザイン図面通りにはできあがっていないんですね。試作を作る段階で、“図面ではこうだけどこうした方が美しい”“こうした方が機能的に良い”という風に、職人の感覚的な部分で手が加えられていく。それが、増永のめがねの味わいとなっているのだと思います」

そうした精神、技術のもと、増永眼鏡では長きに渡ってさまざまなモデルを開発。やがて愛好家だけでなく、国内外の著名人たちからも評価されるに至った。そして近年は、海外に支店や営業所を展開するグローバル戦略にも挑んでいる。

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「海外にはアメリカ、香港およびマレーシアに拠点があり、それぞれが北南米、東アジア、東南アジアを直接管轄しています。海外は国によってマーケットが違って、市場はアメリカが一番大きいですが、デザイン性はヨーロッパの方が高いですね。増永眼鏡として、大きく評価が変わってきたのはここ10年ぐらいのこと。いろいろなきっかけがあったのですが、一番はインターネットの発達によって情報が早く広く伝達されるようになったことで、ようやく“見つけてもらった”という印象です。ヨーロッパはエージェントを通して卸しているのですが、増永のめがねはリピート発注をいただけることが多いです」

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最後に、野原氏に増永眼鏡が今後どのような展望を見据えているのか伺った。

「これまではすべての年代・性別に向けて総合デパートのようにめがねを作っていました。ただし今の世の中は、価格帯やデザインも含め、さまざまな商品であふれています。多くのメーカーが存在しますし、ターゲットを明確にして、ファンをしっかりと作っていかなければいけない。好きになっていただくための魅力ある商品、クオリティの高い商品に特化して、ものづくりをより進めていきたいと考えています。増永眼鏡は100年を越える老舗ではありますが、どこの国で見られても変わらないイメージを確立できるようにもう一度、芯を作る。海外のブランドと同じ土俵に立ててきている実感はありますし、増永眼鏡のクオリティは、どこと比べても負けない自信はあります」

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確固たる伝統と裏付けされた技術がありながらも、そこにあぐらをかくこと無く、常に進化に貪欲ーーそこにアルファ ロメオとMASUNAGAの共通項を見るとともに、熱狂的なファンを持つプロダクトの裏には、不可能を可能にした挑戦の歴史と、ものづくりに捧げる圧倒的な情熱が隠されているのだった。

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INFORMATION
MASUNAGA1905(FLAG SHIP) 青山店

所在地 東京都港区北青山2-12-34
TEL 03-3403-1905
営業時間 11:00〜20:00
定休日 第1・第3火曜日
URL https://www.masunaga1905.com/

Text:ラスカル(NaNo.works)
Photos:Masato Yokoyama

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