Products 2022.05.19

バーミキュラはいかにして誕生したか、新たな地平を切り拓く、町工場の挑戦

メイド・イン・ジャパンの鋳物ホーロー鍋『バーミキュラ(VERMICULAR)』の勢いが止まらない。2010年2月の発売以来、累計受注台数60万台を突破(2022年2月末現在)。2016年12月に満を持して発売された『バーミキュラ ライスポット』は、一般家庭はもとより、トップシェフからの評価も高く、アメリカや中国、台湾、韓国などでも展開中だ。なぜバーミキュラは、これほどまでに多大な支持を受けているのか。発売元の愛知ドビーの代表取締役副社長で、開発責任者でもある、土方智晴氏への取材からその魅力を探る。

アルファ ロメオは特別なブランド

「アルファ ロメオは僕にとって特別なブランドなんです」
土方氏はこう口火を切った。

20220331_alfa-0028 バーミキュラはいかにして誕生したか、新たな地平を切り拓く、町工場の挑戦
▲愛知ドビー株式会社代表取締役副社長・土方智晴氏

「クルマが好きで、高校生の頃は、毎月クルマの雑誌を買っていました。そんななか、いちばん気になっていたのがアルファ ロメオです。とても洗練されたデザインでかっこいいけれど、世界一速いわけでも、世界一高級なわけでもない。けれども、すごく愛されている。それってなぜなのだろう──。これをきっかけに、“ブランド”というものに興味を持ち、社会人になったら、まずアルファ ロメオを買おうと考えていました」

土方氏と愛知ドビーの社長を務める兄の邦裕氏は、1936年に創業した同社の3代目にあたる。愛知ドビーは、鉄を溶かして形をつくる鋳造とその鉄の鋳物を精密に削る精密加工を得意とする鋳造メーカーで、もともとはドビー機という繊維機械を作っていた。「誇らしげに仕事をしている職人さんたちを、子ども心にとてもかっこいいなと思っていました」
その後、日本の繊維産業が衰退すると、ドビー機製造で培った技術を生かし、下請けとして大型船舶の油圧部品や建設材の部品を作るようになるが、時代の流れについていけず仕事は激減し、職人の数も減っていった。

「工場に残っている職人たちからは笑顔が消え、すっかり自身をなくしてしまっているように見えました」

20220331_alfa-0033 バーミキュラはいかにして誕生したか、新たな地平を切り拓く、町工場の挑戦

父親から「この工場に未来はない」と言われたふたりの兄弟は、それぞれ別の会社に就職する。土方氏が入社したのは、大手自動車メーカーだった。「リクルーターとの面談の際、『僕はアルファ ロメオに乗りたいのですがいいですか』と聞いたら、『そういう人材を求めている』と言われ(笑)、入社後すぐに、フルローンで『アルファ 156』を購入しました」

b807afb8400f3b9da2afa09402db608f21e7b273 バーミキュラはいかにして誕生したか、新たな地平を切り拓く、町工場の挑戦▲『アルファ 156』(※写真は欧州仕様車)

「実際にハンドルを握り、世界中でアルファ ロメオが愛されている理由が初めて理解できました。運転が楽しくなり、誰かを乗せてドライブに行きたくなるんです。空間が広がり、生活が豊かになった感覚もありました。そして、愛されるブランドというのは、こういうものなのかと思ったんです。いまだ、この時の156以上に、愛情が持てるクルマには出会えていません」
156との出会いは、土方氏のブランドというものに対する考え方に、多大な影響を与えたという。

20220331_alfa-0004 バーミキュラはいかにして誕生したか、新たな地平を切り拓く、町工場の挑戦

自分たちが最高だと思えるものを作ろう

それぞれ別の会社に就職した兄弟だったが、「職人たちに、誇りと笑顔を取り戻してほしいと思ったんです」と、やがて愛知ドビーの再建を決意。まず、2001年に兄の邦裕氏が、その後、2006年に弟の土方氏が愛知ドビーに入社する。

当時の債務超過は2億円。兄弟が子どもの頃80人ほどいた社員は「15人にまで減っていました」
邦裕氏は鋳造の職人、土方氏は精密加工の職人として現場に入り、「まずは“いい下請け”を目指す」ことを決意する。努力の甲斐あって工場は再建するが、「職人たちの表情は依然として暗いままでした」

20220331_alfa-0006 バーミキュラはいかにして誕生したか、新たな地平を切り拓く、町工場の挑戦

「そこで気付いたんです。自分たちが最高だと思うものを生み出し、自分たちで直接お客さまに届けて初めて、職人の誇りが蘇るのだ、と。兄が培った鋳造の技術と、僕の精密加工の技術を用い、自分たちが最高だと思えるものを開発しようと決意しました」

既存の設備で何ができるかを模索していたある日、土方氏は海外の鋳物ホーロー鍋が、人気を博していることを知る。

20220331_alfa-0047 バーミキュラはいかにして誕生したか、新たな地平を切り拓く、町工場の挑戦

「調理器具ひとつでどのくらい味が変わるのかと、半信半疑で購入して煮物を作ったところ、懐かしくてやさしい味わいに驚きました。ただ当時、最も評価されていたのは、密閉性が高く、食材の栄養や旨味を逃さずに無水調理ができるステンレスとアルミを加工した鍋でした。そこで、その両方の利点を備えた、無水調理ができる鋳物ホーロー鍋を開発しようと考えたわけです。まだ誰もやっていない“世界でいちばん、素材本来の味を引き出す鍋”を生み出そうと決めました」

しかしこれまで、鋳物ホーロー製かつ無水調理ができるハイブリットの鍋が存在しなかったことには理由があった。鋳物ホーロー鍋を作ること自体、日本の大手メーカーが挑んでもことごとく失敗するほど技術的に難しく、更に密閉性を高めるのは誰も考えないようなことだったのだ。兄弟はこれを1万個以上の試作を繰り返し、3年以上の歳月をかけて『バーミキュラ オーブンポット』(以下 バーミキュラ)を完成させる。2010年2月に販売を開始すると、野菜嫌いが克服できるほど料理が美味しくなる、とたちまち人気に火が付いた。

20220331_alfa-0036 バーミキュラはいかにして誕生したか、新たな地平を切り拓く、町工場の挑戦
▲『バーミキュラ オーブンポット』

世界的な人気を誇る最高の調理器が誕生

バーミキュラブランドの誕生により、ようやく職人に笑顔が戻ったというが、愛知ドビーはまだその歩みを止めようとはしない。
「僕たちは自分たちの製品に絶対の自信を持っています。バーミキュラの発売から2年ほど経った頃、『ぜひ海外の方にも使ってもらいたい』という想いから、海外のトップシェフを対象にマーケティング調査を行いました。すると約7割のシェフは『他の鋳物ホーロー鍋よりもずっといい』と言ってくれたのですが、残りの3割ほどのシェフからは、『他のものとそう大差がない』と言われてしまって」

20220331_alfa-0033-1 バーミキュラはいかにして誕生したか、新たな地平を切り拓く、町工場の挑戦

その理由を確かめるべく追加調査を行なった結果、原因は火加減にあることがわかった。バーミキュラの無水調理は、弱火でじっくりと熱を加えることが重要だ。しかし、弱火の感覚は人によって違いがあり、また、プロの料理人ほど自分のやり方を変えることに抵抗がある。
「要するに、こちらの言う通りにはやってくれないわけです(笑)」

そのようなことを鑑み、土方氏は、「バーミキュラと、最適な熱源をセットにした製品」を開発することを決意する。こうして誕生したのが、世界的な人気を誇っている『バーミキュラ ライスポット』だ。

20220331_alfa-0046 バーミキュラはいかにして誕生したか、新たな地平を切り拓く、町工場の挑戦
▲『バーミキュラ ライスポット』

「ライスポットという名前ではありますが、炊飯だけでなくなんでもできる調理器として開発していて、アメリカでは、『VERMICULAR Musui-Kamado』という名前で調理器として発売しています。最高の調理器は、一流のシェフにとっても、普段あまり料理をしない人にとっても、最高のパートナーでなければなりません。ご飯が世界一美味しく炊け、無水調理やローストもでき、完璧な低温調理ができる──。ライスポットはあらゆる調理が、誰でも失敗せずに自分の想像を超えた味を出すことができる調理器として世に送り出しました。発売時に、『バーミキュラの鍋はマニュアル車で、ライスポットはセミオートマだね』と言われたのですが、たしかに、調理のなかでも難しい部分である火加減の調節を省いて、楽しい部分だけを残したのがこのライスポットになります」

20220331_alfa-0025 バーミキュラはいかにして誕生したか、新たな地平を切り拓く、町工場の挑戦

世界で愛される調理器具にしたい

ここで、「またアルファ ロメオの話に戻るのですが」と土方氏は続ける。

「僕がいつも口にしている、“世界一、愛される調理器ブランドにしたい“という思いは、アルファ ロメオからきているんですよ。初めてアルファ 156に乗った時、背中に感じる振動やクラッチがつながった時の感動、クルマと一体となって会話するような感覚に、『これはクルマじゃない、新しいものを共に生み出すパートナーだな』と感じました。その感覚は今も僕のなかに生きていて、自分たちの調理器具も、お客さまと一緒に新しいクリエイティビティあふれるものを作り出すパートナーでありたいと思っています」

彼らには、もうひとつ、絶対に譲れないこだわりがあるという。

20220331_alfa-0034 バーミキュラはいかにして誕生したか、新たな地平を切り拓く、町工場の挑戦

「『バーミキュラ』の発売から12年、僕たちは、小さな町工場の製品を、いかに信頼していただけるかを考え続けてきました。同時に、12年前にたった15人の従業員の、小さな町工場が作った製品を買ってくれた人を裏切ることだけは、絶対にできないとも考えています。だから値引きを前提にした価格設定は絶対にしません。いちばん最初に買ってくれた人がいちばん得をするということを大前提にしています。毎年、次々にモデルチェンジをしていく世の風潮にも疑問を感じています」

これこそが、バーミキュラが愛される、最大の理由なのかもしれない。

20220331_alfa-0024 バーミキュラはいかにして誕生したか、新たな地平を切り拓く、町工場の挑戦

しかし、それほどまでに絶対的な自信を持って、世界でいちばん美味しい料理が作れる道具を生み出しても、食べてもらわないことには理解してもらえない。そんな思いから、2019年、“最高のバーミキュラ体験”をテーマに、バーミキュラの魅力をさまざまな角度から体験できる複合施設『バーミキュラ ビレッジ』を創業の地、名古屋市中川区に誕生させる。実際に製品に触れられることはもちろん、バーミキュラ製品で作った料理を食べられるレストランやベーカリー、料理教室なども常設した施設は、「コロナ禍にもかかわらず、たくさんの方々に訪れていただいています」とのこと。
そして、2021年12月には、満を持して、東京・代官山に『バーミキュラ ハウス』を開業した。

20220331_alfa-0048 バーミキュラはいかにして誕生したか、新たな地平を切り拓く、町工場の挑戦

デリカ_01 バーミキュラはいかにして誕生したか、新たな地平を切り拓く、町工場の挑戦

「ここで製品を購入してくださったお客さまの表情って、すごく明るいんですよ。高価なものを購入した後、本当に使いこなせるのかな、と少しブルーになることはありませんか? 僕は156を買った帰り、めちゃくちゃブルーでしたよ、大変なモノを買ってしまったかもしれないって(笑)。そういう私自身の経験から、バーミキュラ ハウスでは、購入前に製品を体験していただくことで、不安を解消できるようにしました。お客さまには、製品に対するワクワク感や、クリエイティブな想像力のみを持って、お帰りいただけます。バーミキュラをより楽しめて、街の人に愛される施設にしていきたいですね」

20220331_alfa-0038 バーミキュラはいかにして誕生したか、新たな地平を切り拓く、町工場の挑戦

取材中、土方氏は「愛される」「楽しんでほしい」といった言葉を何度も口にした。

「最大の目標は、僕たちが作った世界最高の調理器具を使って、料理を楽しんでいただくことです。それによって、その方の人生が豊かになったらこれほどうれしいことはありません。これは僕がいちばん大切にしていることですし、愛されるブランドはそうあるべきだと、アルファ ロメオに教えてもらいました。ぜひアルファ ロメオのオーナーの方にも、バーミキュラやライスポットを使って料理を楽しんでいただけたらうれしいです」

20220331_alfa-0043 バーミキュラはいかにして誕生したか、新たな地平を切り拓く、町工場の挑戦

Text:長谷川あや
Photos:大石隼土

POPULAR