Diversity 2019.04.11

ウィッグをつける必要が無い社会の実現を目指して──ヘアドネーションの今と未来

ヘアドネーションは、切った髪を寄付し、脱毛症やがん治療の影響、事故などで、頭髪に悩みを抱える人のためのウィッグ(かつら)に役立てるという活動だ。2015年に、女優の柴咲コウ氏が賛同して髪を寄付したことをきっかけに全国に広まった。そのヘアドネーションの、日本における草分け的存在が、大阪に拠点を置く、NPO法人Japan Hair Donation & Charity(以下、通称ジャーダック)だ。代表理事の渡辺貴一氏に、なんとなくは知っているけれど、くわしくは知らない人も多い、ヘアドネーションの現状や課題、その仕組みについて取材した。

ただお金を儲けるだけの美容室にはしたくなかった

0400_mondo_hairdonation_08 ウィッグをつける必要が無い社会の実現を目指して──ヘアドネーションの今と未来

2008年、美容師として活動していた渡辺貴一氏は、独立し共同経営者と自分たちの美容室を開業するあたり、「美容師が社会で果たせる役割はないか」と思索した。そこで、かつて修業していたニューヨークでは当たり前のように行われていたヘアドネーションを実践しようと思いつく。

「ただお金を儲けるだけの美容室を立ち上げることが、かっこ悪いと思ったんです」
まずは、美容室のホームページで、社会に価値のある活動を行うことを表明。約1年後の2009年9月に、ジャーダックを法人化し、なんらかの事情で髪に悩みを抱える18歳以下の子どもを対象に、完全無償で、フルオーダーメイドの医療用ウィッグを提供する活動を開始する。

「髪の毛への恩返しのような気持ちでした」

0400_mondo_hairdonation_04 ウィッグをつける必要が無い社会の実現を目指して──ヘアドネーションの今と未来Japan Hair Donation & Charity代表理事 渡辺貴一氏

しかし、活動を開始した当初は、ホームページで、髪の毛の寄付を募っても送られてくるのは月に数人分程度だったという。ジャーダックの活動は口コミで広がり、寄付は少しずつ増えていくが、次なる問題が待っていた。
「ウィッグの受け取り手がいなかったんです(笑)。病院に足を運んでみましたが、活動に興味はもってくれても話はうまくいきませんでした。病院は病気を治すところで、患者のQOL(生活の質)の向上に関する担当者がいないんです」

最初の提供者は、ツイッターを通して自ら連絡を取ってきた女子高生だった。ジャーダック設立から3年後の2012年のことだ。これを機に、「堰を切ったように」(渡辺氏)希望者が集まりだした。ジャーダックでウィッグを希望している子どもたちの約7割が小児脱毛、約3割が抗がん剤投与による脱毛により悩んでいる子どもだ。

提供される髪の毛は千差万別

柴咲コウ氏がヘアドネーションを行ったことを、公表したことも大きかった。「紀元前と紀元後くらい、劇的な出来事でした」。その後寄付は急増。支援の輪は、女性有名人にも広がった。2018年には9万人を超える人から、髪の毛の寄付が寄せられたという。

0400_mondo_hairdonation_010 ウィッグをつける必要が無い社会の実現を目指して──ヘアドネーションの今と未来提供する髪の毛とともに同封をお願いしているドナーシート

ジャーダックでは、寄付された髪で医療用ウィッグを作製し、髪を失った18歳以下の子どもに贈る活動を行っている。寄付を受け付ける髪の毛の長さは、31センチ以上。経済産業省が定めた『JIS規格適合小児用メディカル・ウィッグ』を製作するためには、約31センチという長さが必要となるのだ。

0400_mondo_hairdonation_06 ウィッグをつける必要が無い社会の実現を目指して──ヘアドネーションの今と未来

しかし、31センチの長さがあっても仕上がるウィッグの長さは15センチ程度で、1つのウイッグを作るには20~30人分の髪を使用する。「ウィッグを希望する女子の98%が、ロングヘアを希望している」(渡辺氏)ため、髪の毛は長ければ長いほどいい。
ジャーダックでは、髪を寄付する際に長さ以外の条件は設けていない。くせ毛などの髪質、髪の毛の色、年齢、性別、国籍は問わない。パーマ、カラー、ブリーチをしていても問題はなく、白髪でも大丈夫だという。
「いちばん気をつけてほしいのは、髪を切るときに髪を濡らさないこと。美容院でカットする際、髪を濡らすことが多いのですが、水分がついているとカビや雑菌が繁殖してしまうんです」

0400_mondo_hairdonation_07 ウィッグをつける必要が無い社会の実現を目指して──ヘアドネーションの今と未来ドナーより提供された髪の毛

ジャーダックのホームページには、「ヘアドネーションの流れと方法」や、活動に賛同しているヘアサロンも掲載されているので、くわしくはこちらを参考にするといい。

思春期の子どもたちに出来る限り自然なウィッグを

現在、ジャーダックに送られてくる髪の寄付のうち、約3割は20代以下の子どもたちによるものだ。

0400_mondo_hairdonation_01 ウィッグをつける必要が無い社会の実現を目指して──ヘアドネーションの今と未来

「夏休みになると、子どもたちからの寄付の割合は40%ほどに上がります。30、40代の子育て世代の方からの寄付も多いです。外国人の方からの寄付もありますし、全体の1%程度ですが、男性からの寄付もあります」
 
ジャーダックでは髪の毛が送られてくると、まず長さ別に分類。それを海外の原毛処理工場に送り、化学処理を行い、毛髪を均等に加工する。


0400_mondo_hairdonation_011 ウィッグをつける必要が無い社会の実現を目指して──ヘアドネーションの今と未来海外工場でのキューティクル処理の様子 / 写真提供:JHD&C

0400_mondo_hairdonation_012 ウィッグをつける必要が無い社会の実現を目指して──ヘアドネーションの今と未来海外工場での検品の様子 / 写真提供:JHD&C


ウィッグを希望する場合は、ジャーダックに連絡し、登録リストに名前を載せて順番を待つ。順番が来たら、型をとるための頭の採寸(メジャーメント)を実施。化学処理された髪の毛は今度は別の海外の工場に運ばれ、メジャーメントした型をもとにウィッグが作られる。完成したウィッグは子どもたちに送られ、その後、提携の美容院でそれぞれ好きな髪型にカットしてもらう。こうして、世界でたったひとつのウィッグ『Onewig』が完成する。

0400_mondo_hairdonation_013 ウィッグをつける必要が無い社会の実現を目指して──ヘアドネーションの今と未来メジャーメントをしたウィッグの型/ 写真提供:JHD&C

提供の条件を18歳以下と限定しているのには明確な理由がある。市販されているウィッグはほとんどが大人用なのだ。
「子ども用のウィッグもありますが、ヘアスタイルやサイズのバリエーションが少ないんです」
また、大人用よりも高額(30~50万円)で、人毛でフルオーダーとなるとさらに値が張る。成長期の子どもの頭のかたちは早いスパンで変化していくという問題もある。さらに、「化繊・アクリル等の人工素材のウィッグはやはり不自然で、見た目を気にする、中・高生は厳しいはずです」。
人毛で作られたウィッグは、「見た目が自然で、肌に負担が少なく、通気性もつけ心地もいい」。時間はかかるが、人毛の、フルオーダーにこだわる理由はここにある。

0400_mondo_hairdonation_09 ウィッグをつける必要が無い社会の実現を目指して──ヘアドネーションの今と未来

なお、ジャーダックでは、ウィッグを受け取った子どもに、写真の提供をお願いしているそうだ。
「ヘアドネーションは、自分の意思で参加することで成立するボランティアです。髪を寄付する人、募金する人──。ウィッグを受け取る子どもも、この活動を伝え、次の支援につなげるというボランティアのひとりです。引け目を感じる必要はありません」

そんなわけで、ジャーダックには、たくさんの写真と手紙が送られてくる。あるとき、渡辺氏は、ウィッグを受け取った女子高生から、「鏡をじっくり見たのも、自分の笑顔を見たのは久しぶりです」と書かれた手紙をもらったそうだ。「この手紙を読んだとき、初めてヘアドネーションという活動について、完全に理解したと思いました」。

0400_mondo_hairdonation_02 ウィッグをつける必要が無い社会の実現を目指して──ヘアドネーションの今と未来

髪の毛がないことに対する偏見や差別のない社会を目指して

ジャーダックがこれまでに提供してきたウィッグは300個以上。賛同サロンは3500店を超える(2019年2月現在)。日本でも、ヘアドネーションは文化として根付きつつあるといっていいだろう。しかし、渡辺氏に今後の目標を聞くと、意外な答えが返ってきた。
「私たち、ジャーダックの活動が必要なくなることです」
子どもたちがウィッグを必要とするのは、ウィッグがないと不便を感じる世の中だからだ。ウィッグを付けることで、髪の毛がないことに対する偏見や差別から自らを守っている。「本当は(ウィッグを)つけたくないけれど、お母さんがつけてほしいと言うから」と、ウィッグを希望する子も少なくないという。

0400_mondo_hairdonation_05 ウィッグをつける必要が無い社会の実現を目指して──ヘアドネーションの今と未来

「僕たちが今まで以上の数のウィッグを提供できるようになったとして、それは世の中が良くなった、ということではないと思うんです。ウィッグをつけていても、つけていなくても奇異な目で見られることのない、ウィッグをつけなくてもストレスを感じない社会──。多様性が受け入れられ、相手の立場に立ち、寄り添うことができる社会こそ、ダイバーシティーではないでしょうか」

カットした髪は、本来なら捨ててしまうものだ。それを寄付することは、難しいことでも特別なことでもない。ごく“ふつう”のことで、誰かを笑顔にできるのは、とてもハッピーなことではないだろうか。

0400_mondo_hairdonation_03 ウィッグをつける必要が無い社会の実現を目指して──ヘアドネーションの今と未来

Be yourself すべての人々が、自分らしく生きていける社会のために

INFORMATION
Japan Hair Donation & Charity

所在地 〒531-0072 大阪市北区豊崎5-7-11 アベニュー中津803号
URL https://www.jhdac.org/

Text:長谷川あや
Photos:高見知香

POPULAR