Experience 2018.12.26

フードマーケットのいま、そして未来 ダイバーシティ実現に向けて私たちに何ができるか

人間に必要な栄養素から考える、食のサスティナビリティー

ここ数年、“ヴィーガン(卵や牛乳、はちみつも含めた一切の動物性食品を口にしないベジタリアン)”“サスティナビリティー(持続可能性)”“フードロス”など、これまであまり耳にすることのなかった、食に関するキーワードが一般化してきた。“健康志向”は世界的に高まる一方だ。いま世界のフードマーケットはどこに向かおうとしているのか。さまざまな競技のアスリートやチームの栄養サポートを担当する公認スポーツ栄養士で、アメリカ栄養士会主催のフードイベント「Food & Nutrition Conference & Expo (FNCE)」にも定期的に足を運んでいる、株式会社Food Connection代表の橋本玲子氏に話を聞いた。

ベジタリアンは一過性の流行ではない

ここ数年、日本でもベジタリアンに特化したレストランや、ヴィーガンに対応したメニューを出すレストランが増えている。特に意識していなくても、肌で実感できるほどだ。

food-sustainability_1 フードマーケットのいま、そして未来 ダイバーシティ実現に向けて私たちに何ができるかAlena Haurylik / Shutterstock.com

「世界的に見れば、ベジタリアンやヴィーガンは特別なことではありません。ベジタリアン人口は世界で9億人にも達するという説があり、アメリカの若者(18~34歳)の6%がベジタリアン、もしくはヴィーガンという報告もあります。日本の伝統的な精進料理も、四季折々の食材を取り入れ、野菜の皮や葉まで残さず工夫して調理するほか、大豆や大豆製品で植物性たんぱく質もしっかり確保できる、栄養価の高いベジタリアンです」

ベジタリアン、ヴィーガン、そして、オーガニックは決して一過性の流行ではないと、橋本氏はきっぱりと言い切る。

「ベジタリアンに注目が集まっているのは、流行ではありません。フードロスが問題視されていますが、現在、世界の約8億人が十分な食料を得られておらず、20億人がビタミンやミネラルなどの微量栄養素不足に陥っています(2014年版『世界人口白書』)。人口も増え続けていて、国連の人口推計によれば、現在76億人の世界の人口が、2050年には98億人に達すると予想しています。食べ物の確保が難しくなるのは明らかです」

なかでも真っ先に不足するのは、動物性食品の肉、牛乳・乳製品、そして魚などではないかと予想されている。

food-sustainability_2 フードマーケットのいま、そして未来 ダイバーシティ実現に向けて私たちに何ができるかNikolay Dimitrov – ecobo / Shutterstock.com

「経済が発展すると食生活も変わります。日本でも戦後の経済が発展し、PFCバランス(供給熱量の栄養素別比率の構成比。P:たんぱく質、F:脂質、C:炭水化物)が欧米化。炭水化物の摂取量が減り、動物性たんぱく質や脂質の摂取量が増加しました。中間所得層が増えると、動物性たんぱく質の需要が増大する傾向があります。増えた分を賄うためには、多くの土地や水が必要となりますが、水や土地には限りがあります。意識の高い人たちは、限られた資源を大切にし、近い将来、肉や魚などの動物性タンパク質が足りなくなることを想定して、今から動物性たんぱく質を植物性たんぱく質に置き換えて、食事をするように備えているのです」

動物愛護、環境保護の面からのベジタリアンという選択

food-sustainability_3 フードマーケットのいま、そして未来 ダイバーシティ実現に向けて私たちに何ができるかMaria Sbytova / Shutterstock.com

日本では、ベジタリアンというと、まだ宗教的な理由やダイエット目的のイメージが強いかもしれない。しかし、欧米では、動物愛護と環境保護の面から、また食品健康志向の面からベジタリアンになる人も増えているという。また、そもそもベジタリアンという言葉は、野菜を意味する“ベジタブル”に由来するのではなく、“活気ある・力強い”というラテン語“vegetus(ベジタス)”に由来するという説が有力なのだとか。

「私たち日本人にとってはまだ一般的ではありませんが、次世代にも継続していける“持続可能性”を意識して、ベジタリアンやオーガニックに注目している人も少なくはないんです」

food-sustainability_4 フードマーケットのいま、そして未来 ダイバーシティ実現に向けて私たちに何ができるかSinn P. Photography / Shutterstock.com

動物性たんぱく質が不足していくことが予想され、“持続可能性”を求める世界的トレンドのなかで、注目が集まっているのが植物性たんぱく質だ。

「たんぱく質を比較的多く含む、雑穀や大豆、豆類、海藻類といった食材に注目が集まっています。また、たんぱく質の供給源として昆虫食が話題となっているのは、自然の流れかもしれません」

人口の増加に伴って動物性たんぱく質源としての家畜が不足していくという予想のもと、2013年、国連食糧農業機関(FAO)は、たんぱく質を多く含み、温室効果ガスを出しにくい昆虫を、食用、もしくは家畜の飼料とすることを推奨する報告書を発表。今年8月、ウィスコンシン大学マディソン校の栄養学者・Valerie Stull氏らは、コオロギの粉末を2週間食べ続けた結果、腸内環境が改善されたという論文を発表した。料理界のアカデミー賞とも言われる世界のベストレストラン50で、4年連続で第1位に選出されたデンマークのレストラン、ノーマも、アリをトッピングした料理を提供し、話題となった。

food-sustainability_5 フードマーケットのいま、そして未来 ダイバーシティ実現に向けて私たちに何ができるか▲デンマークのレストラン「noma」 Pe3k / Shutterstock.com

「数年前、アメリカの栄養会議で、『来るべき世界的な食糧不足に向けて』といったテーマのセッションが数多く開催されていました。当時はなんて意識が高いのだろうと思ったのですが、しばらくしてそれが自然の流れであることに気づきました。食糧危機対策というと少し難しそうですが、環境にいいものを食べることは、自分の健康にもつながります。なにも考えずに食べていたら、自分の健康を守ることはできません」

地球人として“食”の問題を考える

フードマーケットでは“健康志向”という言葉が合言葉となり、日々、未来の食糧危機が問題になっている今、「ベジタリアンやヴィーガンというのは、当たり前に存在する選択肢のひとつ。実践するかしないか以前に、2020年の東京オリンピック開催に向けて、頭に入れておきたいキーワードです」。

food-sustainability_6 フードマーケットのいま、そして未来 ダイバーシティ実現に向けて私たちに何ができるかenchanted_fairy / Shutterstock.com

自分たちが住む環境だけ良ければいいという考え方ではく、世界中の人々が安全で、栄養に富む食糧を安定して得るために、今なにをどう食べたらいいのか──。

「私たち日本人は、地球人としてもう少し、外に、そして未来に意識を向ける必要があるのではないでしょうか」と橋本氏は警鐘を鳴らす。

現在、全世界で生産される食品のうち、3分の1が廃棄されているという。日本では年間632万トンのフードロスがあると言われている。1人あたりに換算すると、毎日茶碗一杯分(136g)のご飯を捨てている計算だ。また、2020年東京五輪・パラリンピックでは、持続可能性に配慮した有機農産物の使用が推奨されているが、農林水産省によれば、日本の有機食品の市場規模は、約1,300億円。食品全体で占めるシェアは1%を下回る。人口の違いはあるが、まだ日本ではオーガニック市場が育っていないのが実情だ。

地球上の誰もが幸福な世界──。それを実現するために、“食”をめぐる問題について、私たちが考えなければならないことはたくさんある。しかし、そんなふうに“食”について興味を持つことは、そのまま未来へとつながっていくはずだ。5年後、10年後をより健康に、快適に、そして、美味しく過ごすために、今日、口にする食べ物のことから、ほんの少しだけ今までよりも深く考えてみてはどうだろうか。

Text:長谷川あや
Main photo:Maria Sbytova / Shutterstock.com
取材協力:株式会社Food Connection

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