Experience 2019.02.04

進化を止めない京都・和久傳。アルファ ロメオとも共鳴する、その哲学とは?

アルファ ロメオのバレンタイン試乗キャンペーンでプレゼントされる黒豆菓子・艶ほくろ。このお菓子が生み出された京都・和久傳の歴史と哲学について、会長の桑村綾氏に話を伺った。

京都の『和久傳(わくでん)』といえば、美食家で知らない人はいない、京都の料亭だ。しかし、その歴史が明治3年創業の京丹後市の料理旅館『和久傳』に端を発することを知る人は少ないかもしれない。現在、会長を務める桑村綾氏は、地場産業である丹後ちりめんの衰退で危機的な状況にあった料理旅館を再建し、また、京都の中心地に料亭を開店した。お弁当やお菓子を販売する『紫野和久傳』をも立ち上げ、2007年には、植樹による『和久傳ノ森』づくりをはじめ、その森に工房や美術館、レストランをオープンするなど地域復興にも貢献。京都府が各分野で活躍する京都ゆかりの女性やグループに授与する京都・あけぼの賞を受賞している。京都を代表する料亭として君臨しながらも、いまなお積極的に事業を広げ、新たな取り組みを精力的に行なっている桑村氏の情熱やバイタリティの源に迫る。

190204_wakuden_kyoto_07 進化を止めない京都・和久傳。アルファ ロメオとも共鳴する、その哲学とは?▲和久傳会長の桑村綾氏(写真提供:紫野和久傳)

『和久傳』の名前を守りたい。京丹後から京都市内へ。女将の決断。

『和久傳』は、明治3年、京都北部の京丹後市に料理旅館として誕生した。桑村氏がその『和久傳』に嫁いだのは昭和39年のことだ。

丹後は江戸時代から絹織物、丹後ちりめんの交易地として栄えた場所だ。生糸を売りに来る商人や丹後ちりめんを買いに来る人たちが全国から集まり、賑わいを見せていた。商用でこの地を訪れる人たちの定宿として、また、会合の場としても用いられていたのが、ちりめん産業とともに、百年以上にわたって賑わいが続いた料理旅館『和久傳』だったのだ。

190204_wakuden_kyoto_09 進化を止めない京都・和久傳。アルファ ロメオとも共鳴する、その哲学とは?▲料理旅館 和久傳(写真提供:紫野和久傳)

「私たちの旅館は、丹後ちりめんのおかげで成り立っていたようなものです」

しかし、昭和40年代に入り、社会構造の変化とともにちりめん産業が陰りを見せ始めると、旅館の経営も苦しくなる。なんとか『和久傳』の名を守りたいと、ご贔屓になっている地元のお客さま、銀行等に相談をもちかけたところ、「『和久傳』にはどうしても料理旅館として残ってほしいと、丹後地方全域の約200人の方々が、自発的に後援会を作って応援してくださったんです」

その応援を受け、町中にあった旅館を売却し、山側に移転。3000坪の敷地に料理部門を備えた数寄屋造りの本館、宿泊部門として別棟を構えた泊食分離の新しい丹後峰山の料理旅館を立ちあげた。新生『和久傳』は口伝えで評判が広まっていくが、昭和50年前半を近年の最盛期として、ちりめん産業は少しずつ、しかし、確実に衰退していく──。

「京丹後は産業あっての土地柄です。部屋数も少なく、このままでは、料亭として、また旅館としても経営が苦しくなっていくことは明らかで、『和久傳』を守るためには、どこかに進出しなければと考える日々が続きました。一番苦しかったのは、ずっと応援して下さる地元の後援会の方たちに対してどのように説明をすればよいのかということです。確たる結論が出ないまま、地元を捨てるのではない、このまま『和久傳』の名前で営業も続けながら進出もする、いつか地元に帰り恩返しができるように、必ず帰ってくると自分自身に納得させ、背水の陣で京都進出を決意しました」

京都進出にあたり、「市内でいろいろな物件を紹介いただいたのですが、ここを見たら他を見ることができなくなってしまいました」と桑村氏が語るのが、現在、『高台寺和久傳』となっている建物だ。数寄屋大工として高名な中村外二棟梁が昭和27年に手掛けた建築で、尾上流家元が個人宅として建てられた建物であり、「東籠(とうり)」という旅館であった。この数寄屋建築に、桑村氏はひとめぼれ。

「でも購入するお金はありませんので、貸していただけないかと」(桑村氏)持ち主である女将さんに飛び込みでお願いをするが、女将さんの方は購入が前提とのことで、最後には、権利書を担保に融資を願い出て、融資が決定したという。

こうして昭和 57 年12月に、料亭『高台寺和久傳』が誕生する。

190204_wakuden_kyoto_010 進化を止めない京都・和久傳。アルファ ロメオとも共鳴する、その哲学とは?▲高台寺和久傳(写真提供:紫野和久傳)

京都進出に当たって、桑村氏がこだわったのは、「京都で誰もやっていないことをやる」ことだった。丹後峰山時代、蟹は鍋で食すことが主流であり、蟹を焼くという発想はなかったが、「獲れたての蟹でなくては出来ない料理を」と腐心した挙句、昭和43年に『和久傳』がはじめて蟹を焼くことを試みた。それが都会のお客様からも面白がられ『和久傳』名物となる。この丹後の野趣と雅を生かした料理は、高台寺でさらなる進化を遂げる。

「京都・丹後峰山『和久傳』の誇りを一つでも継承したいという想いがあり、京都市内でも『蟹焼き』をするために、数寄屋造りでは考えられないような大きな一畳分の炉を、座敷に切ってもらえないかと考えたのです。当時80歳を超えていた中村外二棟梁は、『よし、面白い』と応じて下さいました」

100年を超える老舗料理店が何軒も存在する京都で、「蟹焼き」だけで生き残ることができるほど、甘くはない。ましてや冬だけのものでそれ以外の季節はどうするのか、シンプルで素材そのものを生かし、また、誰もやっていないことを実現したい──。「和久傳」ならではの料理を追求すべく、桑村氏は料理人と議論を繰り返した。時には意見をぶつけ合うこともあったという。そんな模索を何度も何度も重ね前に歩を進めてきた。そして、その精神は今も受け継がれている。

『和久傳』の哲学を体現するお菓子

その後、大徳寺の門前に、テイクアウトのお弁当を販売する『紫野和久傳』を開業。中村工務店2代目棟梁と、建築家・岸和郎氏による、鉄筋コンクリートと数寄屋建築を備えた建物は、当時としてはかなり斬新なものだった。

「大徳寺・真珠庵老師であられた山田宗敏老師(2008年没)を慕い、時折お話を伺いに通っていたところ、大徳寺・北大路の角に小さな空き地があることを伺ったのです。それまでお弁当を求められることが多々あったこともあり、その土地を利用してテイクアウトのお弁当ができないかと考えました。また、時代が変化する中、料亭を守り続けるための次なる決意でもありました」

お弁当の販売に当たり、桑村氏は、「食を預かるものとして地球環境の問題に無関心ではいけない」と容器の素材にもこだわり、陶器を使った『陶筥(とうばこ)弁当』を製作する。

190204_wakuden_kyoto_03 進化を止めない京都・和久傳。アルファ ロメオとも共鳴する、その哲学とは?

▲陶筥弁当(写真 久保田康夫)

「ちょうど発泡スチロールの容器が出始めた頃で、地球環境を守ることの大切さを感じていました。そのため、食べた後も生かすことができる『陶器』がふさわしいと考え、山田老師にご相談に伺うと、真珠庵に伝わる永正升を見せて下さったのです。その写しを形にすることにしましたが、そのような容器を作ってくださるところがなかなか見つかりませんでした。最後には信楽のタイルを作っている方に出会い、半年にわたって試行錯誤を繰り返しました」

『和久傳』では、容器はいただいた人の工夫によって生かすことができる「残すもの」、不要ならば土に戻すことができる「捨てるもの」と考えており、「陶筥弁当」に添えられている栞の最後には、「ご不用になりましたら、金槌で叩いて細かく土に戻して下さい」と記している。

「蓋まで陶器にすると重量がかかりすぎるため、新潟県の紙漉・小林康生さんに手漉きの門出和紙で蓋をつくっていただきました。その和紙を葉書として再生いただきたいと栞にも想いを込めて。実際にこの蓋の和紙を葉書にして、お便りを下さるお客さまもいらっしゃるんですよ。うれしい限りです」

やがて、この陶筥弁当の中に入れていた、笹にくるまれた「れんこん菓子 西湖(せいこ)」が評判を呼ぶ。

190204_wakuden_kyoto_05 進化を止めない京都・和久傳。アルファ ロメオとも共鳴する、その哲学とは?▲れんこん菓子 西湖(写真 久保田康夫)

「お弁当は懐石を凝縮したものです。私たちのお菓子は、あくまでも料亭が作るお菓子。『西湖』もそのひとつです」

蓮のでん粉と水、和三盆糖とその糖蜜のみで作ったぷるぷるのお菓子が笹の葉に包まれている『西湖』は、“シンプル・イズ・ベスト”“素材の味を最大限いかす”を大切にする『和久傳』のフィロソフィーを体現する逸品でもある。お弁当から発した『紫野和久傳』は、偶然にも生まれた料亭の作るお菓子に加え、新たに山の幸、海の幸に丹精して火入れした「和煮(なごみに)」、料亭の出汁で味わう鍋などのおもたせなどの販売も行うようになっていった。

アルファ ロメオ バレンタイン試乗キャンペーンでプレゼントされる黒豆菓子『艶ほくろ』は、原材料となる小粒の黒豆を「何かに使ってほしい」と依頼されたことをきっかけに出来上がったものだという。

190204_wakuden_kyoto_ar 進化を止めない京都・和久傳。アルファ ロメオとも共鳴する、その哲学とは?▲艶ほくろ(写真 久保田康夫)

「小さくて使い道が限られる豆でしたが、これを各店の板場に競わせたんです。納豆にするところもあれば、煮炊きにするところもあったのですが、煎った黒豆を、島ざらめで包んだ、今のかたちにした料理人がいたんですね。また、栄養価を調べてみたところ、アントシアニンなどの値が高く、それならば単純に食べてほしいと、今のかたちにしました」

名前の由来も秀逸だ。

「京都・祇園の踊りの名手であり美人で誉れ高い芸妓さんの口元に、同じくらいの大きさの艶のあるホクロがあり、その方にぜひ名前に使わせてもらいたいと伺ったところ、“使っておくれやす”と言って下さいました。それが由来となり、艶ほくろの名前が生まれました」

京丹後への回帰。『和久傳の森』から始まる新たな試み

それから少しずつ事業が広がり、新たに工房が必要となってきた。その工房の候補地としてあがったのが、『和久傳』の発祥の地である京丹後だ。食品の工房のためだけなら300坪ほどで十分だったが、工業団地としての土地であり、隣接地とお互い迷惑をかけあう危険を避けたいと、8,000坪の土地を購入。「自然環境のよいところに食品工房をたてたい想いがあり、ご縁をいただいた」(桑村氏)植物生態学者の宮脇昭氏の「いのちの森・鎮守の森を作りましょう」というアドバイスのもと、平成19年には、全国からのお客さま、地元の方々、従業員を含め、約1600人が集まり計2万本の植樹をし、『和久傳ノ森』を誕生させる。

190204_wakuden_kyoto_08 進化を止めない京都・和久傳。アルファ ロメオとも共鳴する、その哲学とは?▲和久傳ノ森 紫野和久傳 久美浜第2工房 (写真 齋藤芳弘)

現在、56種約3万本の植樹を終えた『和久傳ノ森』の敷地内には、食品工房のほか、森の敷地内やその周辺では、料理の材料に使う食材(米、山椒、桑、蕗の薹、小豆など)も育てている。なかでも田んぼには料理に使用した蟹殻をまくなど、サスティナビリティーへのこだわりも強い。

さらに、安藤忠雄氏設計の建物で安野光雅氏の作品を展示する美術館『森の中の家 安野光雄館』も設立。『和久傳ノ森』で収穫された食材や地産地消の料理が楽しめる工房レストランwakuden MORIも併設している。

190204_wakuden_kyoto_011 進化を止めない京都・和久傳。アルファ ロメオとも共鳴する、その哲学とは?▲和久傳ノ森(写真 齋藤芳弘)

「これをきっかけに、ひとりでも多くの方に京丹後を知っていだければうれしいです。遠いですが、ぜひ足を運んでみてください。田植えの季節がいいと思います」

背筋をピンと伸ばした桑村氏からは、上品な京ことばで、興味深いエピソードや今後やってみたいことが、次々と飛び出してくる。そのモチベーションの源はどこにあるのだろうか。

「幸いなことに、いつも切羽詰まっているんです。また、後になって気付いたのですが、私はすぐに新しいことをやりたくなってしまうタイプ。周囲の人たちは、なかなか楽をさせてもらえないと、ほとほと困り果てているかもしれません(笑)」

時流にあった新たな商品を積極的に生みだしながらも、単に流行に乗るだけでなく、ブランドが長年培ってきた、確固たるポリシーを守りながらモノづくりを行う──。

「京に田舎あり」という考え方のもと、良い素材をシンプルに提供することを大切にする『和久傳』と、個々のインテリアエクステリアにこだわりを持ち、イタリア車ならではの艶のある美しい車づくりを行っている『アルファ ロメオ』。そして、誕生の地へのこだわり。作っているモノも、生まれた国も違うが、2つのブランドは、絶妙にリンクする。

「最近はお漬物にも力を入れているんです。こちらもあくまでも料亭の作った、お漬物です」

そう遠くない未来、『和久傳』はまた、美味しいサプライズをプレゼントしてくれそうだ。

190204_wakuden_kyoto_04 進化を止めない京都・和久傳。アルファ ロメオとも共鳴する、その哲学とは?▲紫野和久傳 堺町店(写真 久保田康夫)

INFORMATION

アルファ ロメオ バレンタイン試乗キャンペーン

期間中、アルファ ロメオ正規ディーラーにてご試乗いただいた方に、明治三年創業、京都・和久傳の流れを汲む紫野和久傳の黒豆菓子「艶ほくろ」を進呈致します。

 

味わい深い、京のエスプリ

小粒の黒豆をほうらくで十分に煎って、かりっと心地よい歯ざわりに仕上げ、
上品な甘みの島ざらめで包んだ逸品。ひと口で魅了される、香ばしい甘さの豆菓子です。

※プレゼントは数に限りがございます。予めご了承ください。

190204_wakuden_kyoto_012 進化を止めない京都・和久傳。アルファ ロメオとも共鳴する、その哲学とは?

Alfa Contact
0120-779-159

INFORMATION
和久傳

URL https://www.wakuden.jp/

Text:長谷川あや

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