日本一のシューシャイナー、石見豪が語る「靴磨きにも必要なストーリー」

国の登録有形文化財にも指定されているという趣のある建物、船場ビルディングの一角に一軒の靴磨き専門店がある。『The Way Things Go』。店名に最高のプロセスが最高の結果を生み出す、という想いを込めたオーナー・石見豪氏にインタビュー。靴磨き日本選手権初代王者に輝いた彼の見つめる先にあるものは何なのだろうか。
生涯愛すべきワードローブを自ら手入れすることが、一つの趣味として語られ始めた昨今。中でもレザーシューズの磨き方、ひいては靴磨きのプロフェッナルであるシューシャイナーの存在に注目が集まっている。
そこで、キャリア6年で国内初開催の日本選手権を制し、名実ともに日本の靴磨き界をリードするシューシャイナーとなった石見豪氏に、靴磨き職人に宿る知性と感性をたずねた。
ただ一人の挑戦でつかみ取った王座
2018年1月末に東京・銀座三越で行われた靴磨き日本選手権大会。全国から集まった12名の靴磨き職人の中で初代王座を射止めたのが、大阪の靴磨き専門店『THE WAY THINGS GO(以下TWTG)』のオーナー兼プロフェッショナル・シューシャイナー、石見豪氏だ。
その日本選手権の開催告知サイトには、初開催の全国大会に挑む参加者のプロフィールと意気込みが残されているが、石見氏のコメントで気になる箇所があった。
「今まで研鑽してきたことが、間違いでなければ優勝という最高の結果を出せるはず」
この一文を意訳すれば、「間違わない限り優勝以外にない」という並々ならぬ自信が見えてくる。大会前にそこまでの確信を持てた理由を当人に聞いた。
「優勝する他になかったからです。靴磨きを始めて6年。地元の大阪で店を持って3年。当初は2千人程度のインスタグラムのフォロワーが1万3千人を超え、それなりに知名度が上がった今、負けて評判が下がるリスクを徹底的に排除するため、大会に向けた練習を行いました」
1足分の作業に許される時間は20分。ブラシやクリームといった靴磨きの必需品は先方指定。そんな大会規定に対して石見氏は、通常なら40~50分かかる手順を制限時間内で終えるのは不可能。どの参加者も鏡面仕上げに専念すると読んだ。その上で彼は、クリーナーで靴の汚れを落とした後でクリームを塗り込み、さらにワックスで磨き上げるという、店でも行っているフルケアにただ一人挑んだ。
そこまで手をかけても勝てる自信を得たのは、作業時間の短縮を目指した練習の成果以上に、優勝に必要なプロセスの設定が正確だったからだ。
職人のセンスの根源や人生そのものを知るために
風変わりな屋号は、共にスイス生まれのペーター・フィッシュリとダヴィッド・ヴァイスが1987年に発表した、シュールな映像作品『The Way Things Go』に感化された結果だという。その選択に石見氏の感性が凝縮されている。
「日本語では“事の次第”という意味になりますが、内容よりも作品が完成するまでのプロセスに感銘を覚えました。靴を磨く背景にも同じ深みがあると思って」
石見氏が靴磨きを生業にした理由を述べなければならない。高校卒業後、ある一つの目標を掲げ、本人曰く“壮絶な会社員時代”を過ごし、10年を経て目標を達成した末に訪れたのは燃え尽き症候群だった。その間の唯一の救いは、周囲の大人たちのスーツの着こなしや靴の選び方を学べたことだという。
「燃え尽きを感じてからは、何をするにもやる気が出ませんでした。知人といっしょに会社を設立してみても、次にやりたいことがまるで見えなかった。そんなとき偶然目にしたネットニュースで、近所に靴磨きの店ができたのを知ったんです」
「すぐに行ってみました。けれど、僕が想像したサービスの内容や店内の装飾とは違っていた。これなら付け入る隙がある! それが29歳のひらめきでした。職人を目指していたわけじゃないんです。ただ、何かを始めるなら、そう簡単に燃え尽きないものを選びたかっただけでした」
そうして石見氏の新たな物語が始まった。関係各所から抵抗を受けた3カ月の路上靴磨き。その期間で広がった顧客リストを基にした出張シューシャイン。出掛ける先には邸内に立体駐車場を備える豪邸もあったそうだ。
▲出張シューシャインの際に利用していた石見氏のトランク。
「1日平均20~30足。それを3年続けて2万足を越えた頃には、すっかり靴磨きが上手になっていました。その頃にもまた出会いがありました」
その出会いとは、出店の夢を叶えた船場ビルディングの入居だった。1925(大正14)年に竣工された船場ビルディングは、国の登録有形文化財となった現在も個性豊かなショップやオフィスで常時満室らしい。
「前から気になっていた物件でした。その中の店のイベントで訪れたとき、いつ入れるか聞いてみたんです。そうしたら2年待ちと言われて。なのに翌日“空きました”と連絡をもらって……」
そんな幸運が新たな出会いを紡いでいく。靴磨き専門の珍しさと立地のユニークさでマスコミが注目。取材を受けたウェブメディアに『僕の会いたい本物のクラフトマン』というインタビュー企画を持ち込んだら即採用。自己紹介を皮切りに、すでに6本の記事が公開されている。
「僕の仕事は出来上がった靴を出来上がり以上に仕上げることですけど、ゼロから形ある物をつくり上げる仕事に憧れがあって、それを実現している職人のセンスの根源や人生そのものを知りたかったんです。お友達を増やしたいという、個人的な趣味も目的の一つですが」
そう簡単にこの仕事を終わらせたくない
TWTGのシューシャインサービスでもっとも仕上がりが速い『その場磨き』の工程を見せてもらった。言うまでもなく動きに無駄がなく、眺めて飽きないものだった。その作業中、自身の仕事でもっとも大切にしていることをたずねてみた。その答えから、石見氏が6年のキャリアで日本一のシューシャイナーになれた根本的な理由、または知性の礎が感じられた。
「靴磨きにもストーリーがあり、映画制作と同じような監督、脚本、舞台装置、キャストといった要素が必要だと思うんです。僕が考える靴磨きの要素は、まず技術。それからファッション性。センスを感じられる場所。店内の装飾。そして屋号。すべては注目されることや飽きさせないための準備が大事です」
話しながらも指先は一切止まらず、素人目にも石見氏の手にかかる靴に潤いが宿っていくのがわかる。
「他と違うところがあるとすれば、初めに徹底的に汚れ落としをすること。クリームワックスに含まれる蝋分や油脂を取らずにおくと、革が硬くなりひび割れを起こします。底の張替ができる場合、アッパーが大丈夫なら一生履けますから。なので、まずは革を裸にするところからですね」
使用するブラシは3種類。塵落とし用の馬毛。ブラッシングで艶を出す豚毛。最終工程でワックスを馴染ませる山羊毛。それら工程別のブラシも、日本の職人がつくるTWTGのオリジナル商品として開発・販売を実施した。
「仕上がりの目途は、丸みのある輝きです。もっとギラついた仕上げも可能ですが、大事なのは粋。引き算の美学ですね。その意識を保てば、新品の靴より美しい見映えになります」
丸みのある輝きにはこんな秘密もある。爪先や踵、さらには側面に仕込まれている硬い芯材部分を磨き上げると陰影ができ、靴全体で立体感が生まれるという。
そうした現在の技術や手順は、石見氏の靴磨き人生において4回目のリニューアルで完成され、再現性の高さを求めて映像に記録し、後輩の育成に役立てているそうだ。その努力が実り、TWTG大阪は若いスタッフに委ね、石見氏は10月から東京での常駐受付サービスに乗り出すことができた。
TWTGの石見豪が東京に進出するとなれば、メンズファッション界のざわつきは避けられないだろう。本人もそれを承知の上で、この先どこへ向かうつもりなのだろうか。
「嘘っぽく聞こえるかもしれませんが、僕の周囲の人々が幸せになってくれたらそれで十分。強く執着するものもないし。じゃなぜ靴磨きを続けるのかというと、また燃え尽きたくないから? いや、そう簡単にこの仕事を終わらせたくないから、かもしれませんね」
石見氏に聞いた、大事な靴を長持ちさせる磨き方の3大ポイント
The Way Things Go
所在地 | 〒541-0047 大阪府大阪市中央区淡路町2-5-8 國登録有形文化財 船場ビルディング415 |
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TEL | 06-6203-0551 |
営業時間 | 12:00〜20:00(日曜・祝日は12:00〜18:30) |
定休日 | 不定休 |
URL | https://www.twtgshoeshine.com/ |
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Text:田村 十七男
Photos:大石 隼土
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