Vision 2019.08.19

異端はやがて正統へ。クラシックの新レーベルを立ち上げたピアニスト・反田恭平氏

輝かしい受賞歴を持つ24歳のピアニスト・反田恭平(そりた・きょうへい)氏がクラシック音楽の新レーベル、NOVA Recordを設立し、2019年7月17日、記者発表会を開催。クラシック演奏家がレーベルを設立するという前例のない事柄を実践していく、反田恭平氏の魅力に迫る。

音楽以外の責務も引き受ける演奏家

世界最大級のクラシックフェス『ラ・フォル・ジュルネ』の理念に賛同するアルファ ロメオも、この若き才能に注目している。輝かしい受賞歴を持つ24歳のピアニストが株式会社NEXUSを立ち上げ独立。さらにプレイガイドである株式会社イープラスとの共同事業として、クラシック音楽の新レーベル、NOVA Recordを設立。以上の流れを若い世代の起業と見れば時代感に即したものと受け止められる。だが、音楽に身も心も捧げるイメージの強い演奏家が、音楽以外の様々な責務を自ら引き受けるのは間違いなく異例だろう。聞けばクラシックの著名な演奏家がレーベルを設立すること自体が国内初の試みというから、驚きは倍増していく。

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異才あるいは異端。呼び方はどうあれ、突然現れた若き才能の持ち主はメディアが放っておかなかった。『情熱大陸』や『題名のない音楽会』など様々なテレビ番組で紹介されると、彼の注目度はクラシック音楽界の枠を超えて広がった。となれば多少気難しいところはあるだろうと思って対面したら、目の前の反田恭平氏は、おそらく24歳として等身大の緩やかさをたたえつつ、夢を形にしていく具現者としての決意を胸に秘めた、まぶしい若者だった。一方で時折、飄々とした振る舞いを見せるのは、彼の経歴が関係しているのかと勘繰ったりもする。いずれにせよその才能の呼び方はさておき、この人に特別な何かが具わっている空気は、対峙した瞬間からそこに漂っていたのである。

「音楽は2でサッカーが8」の少年時代

イメージに縛られるのはよろしくないとしても、演奏家として成功する者が本気で音楽を目指したのが12歳と知らされれば、誰でも耳を疑うはずだ。反田氏はその前年まで、「音楽は2でサッカーが8」の少年時代を過ごしてきたという。

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「クラシックに詳しい親ではなかったので、たぶん一般常識の範ちゅうで音楽を学んだほうがいいと考えたんじゃないでしょうか。母親の勧めで、3歳から町の音楽教室に通い、ヴァイオリンやエレクトーン、ピアノを習いました。けれど僕は、週末になるとサッカー優先。チームの司令塔的立場になったりして、けっこう上手だったんですよ。でも11歳のときに右手首を骨折したんです。試合後に襲ってきたのは、まさしく人生初の激痛でした」
そんな経験をしなくていい職業を探した結果「ピアニストにたどり着いた」と軽やかに言った。そもそも楽器を習う子供が激しいスポーツなどしないものだろうと反論したくなるが、それこそ天賦の才として、反田氏には類稀な音楽素養が備わっていたようだ。
「音楽教室で絶対音感を育てるカリキュラムがあったんですね。先生が出す音を当てるのですが、低学年の頃は薄目を空けて答えていました。けれどいつしかズルをしなくてもわかるようになり、引っ越した先のマンモス校の試験では全体で2番目の耳の良さだと言われました」

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それからもうひとつ。後々も師に恵まれたという反田氏の最初の先生の影響が大きいという。
「本人と信じ込んだくらい、当時大好きだった芸能人にそっくりで、何を弾いてもすごく喜んでくれた先生でした。その人がつくってくれた自由な環境が僕をピアノ好きに育ててくれたのかもしれません。けれど10歳のある日、ついに気付いてしまうんです。午前のレッスン後に自宅で見た生中継のテレビ番組に映った先生の顔には、さっきはなかったヒゲが思いっ切り生えていた。そうか、実はまったくの別人だったのかと……」というような話を楽しそうに語るほど、一般人が抱くピアニストのイメージとかけ離れていく。けれどそれもまた、今に至る彼の等身大なのだろう。

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「指揮棒を振り下ろした瞬間、何十色もの音が見えた!」

そして11歳。音楽教育が盛んな学校に進んだ反田氏の夏休みに一大転機が訪れる。これまた母親が参加を決めたのは、指揮者を体験するワークショップだった。

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「最終的に2千人収容のホールでプロの在京オーケストラを指揮するという、実は壮大な挑戦でした。当初は、わずか1週間で未知の曲を覚えるなんて罰ゲームかと思ったんです。けれど本番になり、すっと指揮棒を振り下ろしたら、大音圧を体で感じるのと同時に何十色もの音が見えた! その瞬間、指揮者になると決めました。演奏後、“よく振れたね”と褒めてくれたマエストロにたずねたんです。“どうすれば指揮者になれるのか”と。そうしたら“まずはピアノ。ひとつの楽器を極めなさい”と言われました。それから必死でピアノに打ち込みました。音楽家になれたなら、あんなに楽しい世界が待っていると心から信じて」

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今でも鮮明に覚えているという強烈な指揮者体験を経て、反田氏はピアノ一筋の日々へ飛び込んでいく。高校進学に当たり、「プロになりたいなら誠意を見せろ」と言われた父の言葉に奮起しコンクールで1位を獲得。高校3年生では第81回日本音楽コンクールで第1位入賞と聴衆賞を受賞。それがロシア留学の道につながり、2014年にチャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院に首席で入学。翌年はイタリアの国際コンクール古典派部門優勝と国内CDデビューを果たす。さらに2016年、サントリーホールで開催されたデビューリサイタルは全席完売。そんな彼の快進撃をメディアが発見したのもこの時期だった。

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演奏家としての反田氏を現在の地平に導いたのが、上記の12歳から10年間のキャリアだ。いくらか圧縮して伝えたのは、間違いなく年齢的に遅いスタートにも関わらず、どうやって現時点に至る技量を身につけたのか。あるいはその10年間でどれほど自分を追い込んだのかをたずねても、具体的な答えは返ってこなかったからだ。想像はできる。言うまでもなく常軌を逸するほど練習に打ち込んだだろうし、ましてや「同時に何十色もの音が見えた」という音楽体験からして常人の理解を超えているから、あえて言えば音楽の神様に呼ばれた時期を過ごしたに違いない。
しかし当人は、おそらく謙遜とは別の意味合いで、自身の経験談を詳細に語ることに興味がないようだった。それに代わる形でこんな話をしてくれた。
「サッカーになくピアノにあったのは、感情の幅の広さでした。その日に感じたこと、たとえば中学のクラスで本番だけ大縄跳びが成功してみんなで喜んだ気持ちがそのまま音になるというような、人生の喜怒哀楽がピアノで表現できるのが僕は何より好きなんです」

すべては生の実感をつかみ取るための術

2019年7月17日、NOVA Record設立の記者発表会を開催。その場で反田氏は、「NOVAは新星を意味し、Recordsとしなかったのは個々のアーティストと向き合っていく思いを表す」とレーベル名を説明した。
NOVA Recordの最初の事業は、反田氏と同世代の演奏家10名10枚のミニアルバム制作だ。これには布石がある。反田氏は2018年にMLMダブルカルテットを結成。今年は人数を倍に増やし、MLMナショナル管弦楽団を立ち上げた。そこに所属する演奏家にアルバムづくりを打診したのである。

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「僕は幸運にもレコード会社とマネジメント会社がついてくれましたが、ものすごく上手なのに縁に恵まれない若い演奏家がたくさんいて、そういうスポットを浴びるべき才能をマネジメントしたいと思ったんです。それが個人事務所とレーベルを立ち上げた主な理由です。何より僕ら世代が競い合って底上げをしていけば、必ず日本のクラシック界の役に立つはずです。それからMLMナショナル管弦楽団の公演会場で発売する10枚のCDは、子供たちに向けたリリースでもあります。作品の中にはファゴットやホルンなど耳慣れない楽器のソロ演奏もありますが、このCDを聞いた子供たちがそれらの楽器を手にしてくれたら、僕の勝ちですね」

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この話は、反田氏の夢に直結している。50歳になる頃までには音楽学校を創立し、学校の専属オーケストラをつくり、世界で活躍するアーティストを輩出する。今回の取り組みは、すべてその起点となるわけだ。
件の記者会見ではサプライズ発表があった。反田氏が18歳で挑んだ日本音楽コンクールで共に1位を受賞したピアニスト、務川慧悟さんをNEXUSの所属アーティストに向かい入れ、二台ピアノのアルバムをNOVA Recordからリリースするという。そんな仕掛けは、いかにも敏腕プロデューサーらしい仕事ぶりだ。一方で演奏家としても音の引き出しを増やすべく、個人の活動も充実させていくという。直近では、10月のベルリン・ドイツ交響楽団、11月のワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団への出演が決まっている。

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「僕がやろうとしているのは、作曲だけではなく演奏会の企画や資金集めまでも行う、モーツァルトやベートーヴェンの時代の音楽家の活動と同じです。それを僕も試してみたかった。とは言え、この24歳の決断は時期尚早と見られるかもしれません。でも、待つことに意味を感じられない性分なんですよね。僕は何より生きている感覚が欲しい。それには挑むべき事柄が多いほうがいい」
そういうことなのかと思う。12歳からという常識では致命的に遅いピアノの鍛錬も、反田氏にとっては生の実感をつかみ取るための術そのものだったのだろう。
仮に反田氏の才能または存在を異端とするなら、その反対側には正統という言葉が控えている。たとえばアルファ ロメオの歴史が示してきたように、まだ若い彼が生涯をかけて音を響かせるたび、両極の意味は鮮やかに融合されていくだろう。

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Text:田村 十七男
Photos:大石 隼土

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