Vision 2019.03.13

引き算のチョコレートで文化を産み育てる── Minimal代表、山下貴嗣氏の理念とは

素材の良さを引き出す和食の考え方を反映させ、カカオと砂糖以外は使用しない“引き算のチョコレート”を提供する、「Minimal(ミニマル)」。海外のカカオ豆生産者への直接買い付けや、ビーン・トゥ・バーという最新の製造法を取り入れた代表・山下貴嗣氏の、チョコレートビジネスに賭ける思いをたずねた。

男性ファンを誘う余韻の切れがいいチョコレート

小さな欠片を試食して驚いたことが二つ。まず、口にした瞬間ふうっと広がる香りの良さとざくざくした食感は、これまで食したどのチョコレートにもなかったこと。とは言えこの感想は、甘いものをあまり口にしない、ちょっと古い一般男性の味覚傾向から来ているので、チョコレートを語る舌を持ち合わせていない不安もあった。

「チョコレートが苦手とおっしゃる男性の方に理由をたずねると、ミルクやカカオバターの油分から生じる重たさやしつこさのせいであることが多いのです」

まさに、それが二つ目の驚き。カカオ豆の品種や含有率が異なる数種類を試食しながら話を続けても、口の中に一切しつこさが残らなかったのである。

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「僕らがつくるのは、カカオと砂糖だけの引き算のチョコレート。余韻の切れの良さが特徴です」

このテイストであれば、男性客が全体の4割を占めるというのもうなずける。山下貴嗣さんが代表を務めるミニマルのプロダクト。大げさに聞こえても構わないが、こんなチョコレート、生まれて初めて食べた。

これから必要なのは、日本人によるものづくりのグローバルブランド

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渋谷区の富ヶ谷でミニマルが開業したのは2014年12月。カカオ豆から板チョコレートになるまでの全工程を自社工房で管理製造する、ビーン・トゥ・バーという新しいスタイルに取り組んだ。食べたい分だけ切り分けられるオリジナルモールドを板チョコの表面に再現。加えて、銀紙を使う従来の包装ではなく、香りを逃がさないチャック付きのパッケージを採用。その表には、カカオ豆の産地や種類、カカオ含有量、挽き方や焙煎時間などを記した、クルマにたとえれば諸元表に当たるカードを挿入。クールなデザインは、2017年のグッドデザイン賞ベスト100及び特別賞[ものづくり]を受賞した。

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そして、オープン4年で銀座、白金高輪、東武池袋の計4店舗に拡張。すべては山下さんの経営手腕によるものだ。ところが現在34歳の若き代表は、「素人が脱サラで始めました」と口にするのである。以前はコンサルティング会社に勤めていたので、少なくとも経営に関して素人というのは謙遜に他ならないだろう。

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「僕ががっつり働いていた20代は、各企業が日本人のグローバル人材育成を叫んでいた時代でした。その渦中で問題意識を持ったんです。少子高齢化、労働人口減少とGDPの低下。その一方でインバウンド消費が増加するという今後の日本が、世界の中で何を誇りに戦えるかを考えたら、きめの細かい仕事ができる繊細さにたどり着きました。そこに改めて着目すれば、職人文化が見直され、外貨獲得にも貢献できるはず。となれば、これから必要になるのは、日本人によるものづくりのグローバルブランドだと。大口を叩くようですが、それが日本のためになると思いました。なので、まず会社を辞めたんです。次にやることを決めないままで(笑)」

刺身を味わう日本人の繊細さがあれば……

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30歳手前と言えば、経験が実を結び、会社の中核を担い始める世代だ。そのタイミングでの大決断。山下さんの背中を押したのは、退職と前後した衝撃的な食体験だった。
「コーヒー屋の友人が、仕入れたカカオ豆でチョコレートをつくったんです。その試食でまるでオレンジが入っているかのような強烈な香りを感じました。友人にたずねたら、オレンジなど入れてないという。驚きでしたね。食べるのも飲むのも好きでしたが、チョコレートが南国のフルーツだと悟ったのはそれが初めてでした」

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そこから山下さんの研究が始まった。まずは世界中の銘品を試食するため、欧米各地を調査。特に、いち早くビーン・トゥ・バーを採用したブランドに注目した。この頃のリュックは常にチョコレートが満載。胃が疲れるほど食べたという修行のような日々の中で、山下さんは大きな発見をする。

「欧米のチョコレートは、原材料のカカオに香料や油、ミルクを加えていく足し算の製品。強いて言えば、フレンチような作り方で、時に重さを感じるものです。そこで僕らは、カカオ豆という素材の良さを表現する引き算のチョコレートを開発しようと決めました。豆以外で使うのは砂糖だけ。つまり和食の考え方です。刺身を味わう日本人の繊細さがあれば、引き算のチョコレートが実現できるはず。さらに、ワインのように産地や収穫時期で異なる豆の味わいを楽しめれば、ほぼ直感的に文化になり得ると思いました」

そんな思いを込めて、「最小限の」という意味を持つ「Minimal(ミニマル)」をブランド名に定めた。

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食は感情を動かすもの

散り散りだったアイデアの断片を寄せ集め、揺るぎないコンセプトを形成。それに応じてくれそうな帽子・ヒゲ・眼鏡の30~40 代「カルチャー系男性」と、健康意識とおしゃれ意識が高いママが多いとリサーチした富ヶ谷に本店を構えることを決定。

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その1年弱の間、和食の考え方を反映した製品づくりと並行して奔走したのは、赤道付近に点在するカカオ豆農園での買い付けだった。カカオ豆農園があるのは、観光目的で気軽に行ける場所ではなく、相応の準備が必要な奥地ばかり。その道中で起きたハプニングを語るだけで本が一冊書けると山下さんは笑ったが、そうしたチャレンジを経たからこそより良い素材の確保と、ミニマルを運営していくための大事な気づきが得られたという。

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「僕たちは100%フェアトレードで買い付けします。本当の意味でフェアトレードとは、農家と僕らの関係が対等であること。それを前提にすると、僕らにできるのは、農家に対する選択肢の提示だと思います。カカオ豆農家に対して、大量生産で安く卸す従来の方法の他に、少量だが質のいい豆をつくれば適正価格で仕入れる僕らのような存在もいることを示す。すると、彼らも考え始めるんです。ミニマルが賞(インターナショナル・チョコレートアワード世界大会の最高賞ゴールドを含む多数の賞)を頂いた後、自らチョコレートをつくり地元のマーケットで売り始めた農家が現れました。自分たちが栽培した豆の活かされ方を知れば、彼らも変わることができると悟ったのでしょう。それが農家の得た選択肢であり、逆に僕らは、選択肢をもって自らの生き方を選べることが本当の豊かさなのだと気づかされました。今でも年に3~4か月は顔なじみのカカオ豆農家をたずねていますが、これから変わっていきますよ。近いうちにスター農家が現れるというイノベーションが起きるでしょう。そんな時代の波の先端に、チョコレートで関われることがおもしろいんです」

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文化を産み育てること。それが、ミニマルを通じた山下さんの理念だ。ビーン・トゥ・バーには、生産者・製造者・消費者のつながりが三方良しとなる願いも込めている。ただし、文化として固定するのは「僕がいなくなった2100年頃でしょう」という甘くない見通しを立てているし、努力と研鑽を怠らないためのレシピ改良は毎時レベルで実施している。そのレシピ数、2018年の実績は3119に上ったそうだ。

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「“食”って感情を動かすものなんですよね」。これは、取材の終わりに山下さんがつぶやくようにこぼしたセリフだ。
「実家が農家で、母親が料理上手だったんですよ。パンにしても、家でこねてつくるものだと思って育ちました。そうした食の体験が僕のコアになっていると思います。だからやっぱりミニマルにしても、僕らが美味しいと思えるものをつくり続ける他ないですね」

おそらく、食べ物に関してはその思いがすべてだろう。それだけに――ここまで長い説明をしてきたが、ビターテイストの奥行を理解できるはずのアルフィスタにはミニマルのチョコレートを食べていただきたい。そして、衝撃の食体験をぜひ共有したいと思う。

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INFORMATION
Minimal 富ヶ谷本店

住所 東京都渋谷区富ヶ谷2-1-9
TEL 03-6322-9998
URL https://mini-mal.tokyo/

 

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Text:田村十七男
Photos:高見知香

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